1353 ハルマゲドン(9)
かつて白魔が復活する予兆として、真昼間に旧辺境伯領のクルム城から極光が見えたことがあった。
目撃したのは、今は亡き老師ケロニウスである。
そのクルム城より遥か南に位置するエオスでオーロラが見えることはあまりにも異常であり、勝ち誇ったようにそれを指差す魔女ドーラのしたり顔も目に入らぬように、ニノフ・ウルスラ・クジュケの三人の視線は釘付けになっていた。
ドーラは三人の顔を順に見ながら、皮肉な笑みを浮かべている。
「どうじゃ、わかったであろう? わたしの陰謀だの何のと因縁をつけておったが、これが真実ぞえ。ドゥルブが動き出した以上、これを防ぐには聖剣を使うより他にない。まあ、どうしてもわたしに委ねるのが嫌じゃというなら、自分たちでやってみるが良いわさ。わたしはガルマニアの片田舎でひっそりと隠棲するでのう。さらばじゃ!」
捨て科白を吐いてドーラが消えた後も、三人は魅入られたようにオーロラを見つめていたが、その空中にポッと光る点が現れ、ゲルヌ皇子が跳躍して来た。
静かに降下しながらも、その美しい赤い眉が微かに顰められている。
「三人のその様子を見ると、既にドーラが揺さ振りをかけに来たようだな」
ゲルヌと同じ妖精族の子孫として、共に古代神殿で過ごしたこともあるクジュケが最初に立ち直り、フッと吐息しつつ応えた。
「将に今でございました。わたくしもラミアンの分析を信じ込み、全てはドーラさまの詐術であろうと高を括っておりましたが、あれを見ますと、思った以上に深刻な事態のようでございます」
ゲルヌもチラリとオーロラに目を走らせたがそれには触れず、ニノフに話しかけた。
「ニノフ殿下、来て早々で申し訳ないが、わたしは外が苦手なので、どこか室内でじっくりとお話しできる場所はありませぬか?」
その『じっくり』という言葉の重みに気づき、ニノフは「おお、ご案内しよう。ウルスラもクジュケも来てくれ」と先に立って大公宮へ歩き出した。
クジュケもハッとしたように、茫然としているウルスラの手を引いた。
「参りましょう、陛下」
四人が屋内へ入って暫くして、ドーラが消えた位置の空気が朧に揺れ、薄っすらと再びその姿が浮かんで来た。
「ふん、気づきおったか、赤毛小僧め。まあ、良いわさ。いずれにせよ、聖剣を使わずにはおれなくなろう。その気配は遠くからでも、わたしにはわかるのじゃぞ。後はドゥルブが抵抗している間に聖剣を奪い取り、わたしが一気に中和して丸く収めてやるからのう。おっと、ドゥルブとの約束なら破っても良いでしょう、兄上?」
最後の言葉は、同体の兄アルゴドラスへ向けてのものであろう。
以前、ドゥルブ反主流派をゾイアが中和した際、人事不省となったゾイアから聖剣を奪おうとしたドーラを、アルゴドラスが止めたことがあるからだ。
返事は肯定的なものであったらしく、ドーラは満足げにニンマリと微笑んだ。
「さてさて、そうと決まれば、自分の城でのんびりと吉報を待つとしよう。おお、そうじゃ。ドゥルブの手先に戻ったサンテめには用心せねばな。まあ、あんな半腐れに怯えることもあるまいが。今度こそさらばじゃ、孫たちよ」
ドーラの姿が再び消えた頃、ニノフの案内でゲルヌたちは窓のない小部屋に通されていた。
「ちょっと狭いが、勘弁してくれ。ヨゼフに命じて壁材に鉛の薄板が挟み込んである。魔道師に盗み見・盗み聞きされぬための特別室だ。念のため、結界も張ってくれぬか、クジュケ?」
「心得ました」
クジュケが入念に結界を施した後、四人は中央の丸テーブルを囲むように座った。
ゲルヌは深く息を吸うと、やや声を低めて話し始めた。
面倒をかけたが、用心するに如くはないのでな。
さて、ざっとだが、ラミアンから事情は聞いた。
スカンポ河の河口で襲って来たというコウモリについては、わたしも概ねそのとおりだと思う。
が、その前に魔道神から聞いたことを併せて考えると、ドーラの一人芝居とばかりは云えぬと思い、急ぎ飛んで来たのだ。
そのことを説明する前に、まず確認しておく。
今ここに居るウルスラは、肉体はゾイアなのだな?
うむ、そうか。
で、ゾイアとしての意識はあるのか?
ゲルヌの二回目の問いかけには、ウルスラではなく、喉から出る抑揚のない声が答えた。
「……ゾイアという人格は現在、完全休眠状態にあります。これからのあなたの発言によって、予測不可能な反応が起きることを心配しているなら、音声情報が伝わらぬよう遮断いたしましょうか?」
「そうしてくれ」
「……遮断しました」
ゲルヌは頷くと、バルルから聞いた話と、それに対して自分が思ったことを三人に説明した。
聞き終えてまず反応したのは、やはりクジュケであった。
「うーむ、すると、ドーラさまはドゥルブに操られているのでしょうか?」
それにはニノフが答えた。
「いや。先程の祖母の対応に不自然な点はなかった。恐らくは、互いに利用し合っているのだろう」
ウルスラが肩を震わせた。
「なんて怖ろしい! お祖母さまは、ドゥルブの危険性を軽く見ているのだわ」
が、ゲルヌは首を振った。
「いや、そうでもないだろう。何しろ、ドーラ、若しくはアルゴドラスは、歴史上五回あったドゥルブの中和のうち三回は実行し、成功しているからな。二回目はマルス王、五回目はウルスだったが、自分なら五回目のやり直しも成功すると思っているさ」
クジュケも同意した。
「そうですね。ドゥルブにあからさまな示威行為をさせて危機を煽り、陛下が聖剣で立ち向かわざるを得ない状況を作っておいて、横取りするつもりでしょう。そう考えると、あの大袈裟なオーロラも怪しいですね」
しかし、抑揚のない声が「……非位相者が活発化しつつあるのは事実です」と告げた。
すると、ウルスラ本人が、キッパリと宣言した。
「そうであれば、わたしが聖剣でドゥルブを中和します。ゲルヌとクジュケは、お祖母さまからわたしを、いいえ、聖剣を護ってちょうだい」
(作者註)
ケロニウスが見たオーロラについては 182 予兆 を、ドーラがアルゴドラスに聖剣を奪うのを止められた件は 1177 白魔が来りて(12)を、ご参照ください。




