1352 ハルマゲドン(8)
活発化しているかもしれない辺境の腐死者への対策として、エオス大公国のニノフは、即座にスカンポ河を埋め尽くすほどの勢いで軍船を出動させた。
それらの軍船には、工兵長ヨゼフが改良した連発式特別火箭が搭載され、大公補佐官のボローが陣頭指揮を執っている。
勿論、ニノフは西廻り航路の早船などの通常船舶の通行を禁止し、最寄りの河湊に停泊するように命じてもいた。
同時に、スカンポ河東岸に軍を配備し、大公補佐官のペテオや、将軍となったロレンゾたちを警戒に当たらせている。
そのような中、大公宮で今後の対応を相談しているニノフとウルスラ女王の許へ、バロードの統領クジュケが単身で跳躍して来たのである。
ちょうど張り出し露台に出ていた二人の前に出現すると、サラサラの銀髪を風に靡かせながら頭を下げた。
「すみません、遅くなりまして。わたくしが居なくても、ちゃんとバロードが国家として機能するよう段取りをつけるのに手間どりました。何はともあれ、お帰りなさいませ、女王陛下」
このような場合であったが、ウルスラはホッとしたように微笑んだ。
「いつもわがままばかりでごめんなさいね。でも、そのお蔭で、逸早く異変を察知できたわ」
クジュケは眉根を寄せた。
「そのことですが、実は先に帰国した秘書官ラミアンが、気になることを申しておりまして、それで取るものも取り敢えず陛下とニノフ殿下にお知らせせねばと駆け付けたのでございます」
「まあ、ラミアンは何て言ってるの?」
クジュケは、ウルスラとニノフを等分に見ながら、今回の騒動はドーラの陰謀である可能性が高いという、ラミアンの分析を説明した。
衝撃を受けて黙ってしまった様子のウルスラの代わりに、ニノフが反問した。
「クジュケもそうだと思うかい?」
クジュケは渋い表情で頷いた。
「恐らくは。そう考えると、全ての辻褄が合います。わたくしが焦って飛んで来ましたのは、陛下が聖剣をお使いになることをお止めするためです。必ずやドーラさまは、そこを狙って来られます」
猶もウルスラが黙っているため、ニノフが応えた。
「今回のことが完全にお祖母さまの罠であったとしても、ンザビの危険性に変わりはないよ。それを回避するために、聖剣が必要な事態が起きるかもしれない。難しい判断になるな」
と、沈黙しているウルスラの喉の辺りから、抑揚のない声が聞こえて来た。
「……警告! 警告! 非位相者に活性化の兆しあり! 時空干渉機にて速やかに中和してください!」
ニノフとクジュケが苦渋の表情で顔を見合わせる中、当のウルスラは凍りついたように動かない。
その視線の先に、白い長衣を身に纏った魔女ドーラが浮かんでいたのである。
ドーラはいつもの美熟女の顔より老けて見えたが、それは焦りの感情のためのようであった。
「何をしておるのじゃ、ウルスラ! その身体はゾイアのものじゃな。わたしが手に入れようとすると邪魔ばかりするくせに、ちゃっかり自分のものにしおって。ああ、いや、今はそれどころではない。ゾイアの警告が聞こえたであろう? 早う聖剣を呼ぶのじゃ。心配せずとも、わたしがキッチリ中和してやるぞえ。さあ!」
ウルスラが応えるより早く、クジュケが割り込んだ。
「そのようなこと、信じられるとでもお思いですか! あなたが一度聖剣を手にすれば、二度と手放さないでしょう。白魔を中和するのはウルスラ陛下に任せ、疾くお帰りください!」
ドーラの顔に皮肉な笑みが浮かんだ。
「そのウルスラと同体のウルスの中和が不完全であったから、このような仕儀になったのぞえ。わたしや兄が中和した時には、五百年間ピクリともしなかったものを。さあさあ、もう時間がないのじゃ、ウルスラ。つべこべ言わず、聖剣を呼べ!」
ブルブルと震えるウルスラの肩を、ニノフがそっと押さえて一歩前に出た。
「お祖母さま。あなたが聖剣を奪うためにどのような陰謀を巡らせていらっしゃるのかわかりませんが、たかがガルマニアの一自治州の長がドゥルブを利用するのは、子供の喧嘩に大剣を持ち出すようなもの。われわれの邪魔をせず、ヤーマン大統領のご機嫌を取る方法でもお考えください」
ドーラの顔が、あまりの怒りに醜く歪んだ。
「よくぞ申したな、ニノフ。自分の浅慮を後悔しながらくたばるがいいさ。あれを見るがよい!」
ドーラが指さす北の空に、不吉な緑色の極光がはためいていた。
それは、ドゥルブ復活の狼煙のようであった。
その頃、クジュケが出発した直後の王都バロンに、ゲルヌ皇子が到着していた。
双王宮にタロスを訪ねたゲルヌは、そこで偶然ラミアンに出会った。
「ラミアン、ちょうど良かった。タロスはどこに居る?」
「あっ、すみません、ニノフ殿下でしたか。皆さんバタバタと忙しくて、何もかもぼくに押し付けて出て行かれたので、てんてこ舞いの状態で。そうそう、ご用があるのはタロス閣下でしたね。今はエオスへの援軍の準備中で、とてもお話する余裕はないと思いますよ」
「エオスへの援軍? 何かあったのか?」
話好きのラミアンは忙しさも忘れてペラペラと自分たちがンザビ化したコウモリに遭遇した顛末を喋り出したが、ゲルヌは途中で遮った。
「こんな時に、ゾイアはどこへ行ったのだ!」
「え? ああ、ええと、話せば長くなりますが」
「手短に言え!」
「あ、はい。今は休眠状態でウルスラさまがお身体を預かり、エオスに」
その瞬間に、ゲルヌはリープしていた。




