1351 ハルマゲドン(7)
凡そ三千年前にケルビムことゾイアによって発信された救難信号に返事があったことを喜ぶ魔道神に、ゲルヌは、そう上手くは行かないだろうという。
バルルの白い影が不安定にチラチラと明滅した。
「ああ、すまぬ。このような存在となっても動揺することにわれら自身も驚いた。決して怒っている訳ではない。おまえがそう思う理由を教えてくれ」
ゲルヌは美しい顔に、フッと皮肉な笑みを浮かべた。
「ゲルニアを同席させない意味がわかったよ。わたしがこんな不遜な態度では、かれが激昂して、冷静に話し合うことができなかったろうからな。その分、遠慮なく発言させてもらうが、良いか?」
「無論だ。そのために来てもらったのだからな」
白い影が安定したことを見届けると、ゲルヌは一度大きく息を吐いてから喋り始めた。
では、忌憚なく言わせてもらおう。
ギルマンがそういう役割を持っていることは、ゾイアから聞いたことがある。
わたしもギルマンとは関りが深いからよくわかるのだが、あれだけ大きな盆地全体で受け止めるような規模の信号ならば、この世界のどこでも感知できると思う。
つまり、北の大海に居る白魔が気づかぬはずがない。
気づいたかれらが、何もせずに手を拱いているだろうか。
ああ、勿論、ウルスの中和によって全体の活動は抑制されてはいるさ。
それでも、代理人を送り込んだり、一部の反主流派が脱出したりしたというではないか。
ましてや、今や危急存亡の秋なのだ。
どんな卑劣な手段を使っても、生き延びようとするだろう。
その際、かれら自身が動けばバルルに感知されるから、誰かを傀儡に仕立てて陰謀を巡らすはずだ。
いや、もう既に始めているかもしれない。
その際、かれらが絶対に有利なことが一つある。
それは、この世界全ての人間が、潜在的にはかれらの人質である、ということだ。
生きとし生けるもの全てを滅ぼすのが究極の目的であるかれらにとって、全人類を道連れにすることに何の躊躇いもないだろう。
一方、バルルの側はそうではあるまい?
そうだと思った。
事故により自分たちが歪めてしまった歴史に介入することさえ最小限に留めようとするくらいだから、人命は何より尊重するはずだ。
と、すれば、どれほどの軍事力を以てしても、ドゥルブを屈服させることはできないぞ。
まあ、交渉はできるだろうが、どんな約束をしたところで、かれらがそれを守る保証はない。
つまり、あなたがたの救援艦隊がどれほど巨大な戦力であっても、ドゥルブに手も足も出ないのだ。
いや、一つだけ救援艦隊にできることがあるな。
ドゥルブにこの世界を与え、あなたがただけを連れ帰ることだ。
そうではないか?
無礼極まりないゲルヌの問いに、しかし、バルルは怒ることなくキッパリと断言した。
「いや、それはない。この世界の原住民を見殺しにしてわれらだけが助かって何になろう。非位相者が原住民を人質にすると言うなら、、われらは救援艦隊から兵力を補充してもらい、永遠にここに留まって、かれらに勝手なことをさせぬよう見張ってもよいぞ」
神らしくもなくムキになったかのようなバルルの返答に、ゲルヌは微苦笑しつつ詫びた。
「少し言葉が過ぎたようだ。わたしとてドゥルブに全面降伏するような事態だけは避けたいと思うが、あなたがたが軍事力によって均衡を保つためだけに永遠にこの世界に残ることは望まない。それでは、お互いに不幸だ。お互い、というのは、ドゥルブを含めてのことだが」
バルルの切れ目のような口が皮肉そうに歪んだ。
「ほう。かれらの幸福も考えてやるのか?」
ゲルヌは肩を竦めて見せた。
「別にかれらの主張を認めている訳ではない。『生きとし生けるもの全てを滅ぼす』などというのは、どのような倫理観に照らしても、到底許すべからざる考えだからな。しかし、かれら自身は生き残りたいと思っている以上、これを抹殺しようとすれば、どんなことをしてでも抵抗するだろう。で、あれば、かれらに変わってもらうしかない」
「変わる、とは、どのようにだ?」
ゲルヌは大きく溜め息を吐いた。
「わからない。だが、その鍵は、きっとゾイアが握っていると思う」
「ケルビムが……。そうか。以前ケルビムがここへ来た時、自分もストレジャーの仲間ではないかと悩んでいた。その後、同じ宇宙から飛来した存在という意味だとわかったが、そこに何か秘密があるかもしれないな。わかった。われらも徒に強硬策を採らず、ケルビムに委ねよう。そのように伝えてくれぬか?」
ゲルヌは晴れ晴れとした表情で頷いた。
「畏まった。わたしからゾイアに伝えよう。申し上げた失礼の数々は、それに免じて赦されよ」
バルルの切れ目のような口も、笑顔の形になった。
「気にするな。こう見えても、われらは神だからな」
一頻り二人で笑った後、バルルが尋ねた。
「とりあえずバロードへ行くのか?」
「うむ。ゾイア本人はウルスに同行しているだろうが、先に帰国したタロスが何らかの事情を知っているだろう。一先ず、そこからだな」
「では、頼んだぞ。おお、そうだ。ゲルニアとの接触を回復しておくか?」
ゲルヌは少し考えたが、首を振った。
「いや。まだ時期尚早だろう。何かあれば、別の方法で知らせよう。それまでゲルニアにも、赤目族にも、詳細は明かさないでくれ」
「いいだろう。が、いずれは未来予測の変化として知ることだ。あまり時間はないぞ」
「ああ。わたしもそう長く隠すつもりはない。後はゾイア次第だな」
しかし、バルルは勿論、神ならぬ身のゲルヌも、肝心のゾイア本人が休眠状態にあることを、まだ知らなかった。
(作者註)
ゾイアとバルルの会話は、927 古代神殿(5) ~ 928 古代神殿(6)をご参照ください。




