1350 ハルマゲドン(6)
かつて魔道師の都と呼ばれたエイサは、中原のほぼ中央に位置する。
更にその市街地の真ん中にある『中央の塔』が、ゲルヌが統治する『神聖ガルマニア帝国』の市庁舎である。
その市庁舎の執務室で書類に目を通すゲルヌは、十四歳とは見えぬほど老成した政治家のような趣があった。
サラサラの赤い髪に縁取られた秀麗な横顔は、この地で落命しなければ中原の覇者となったであろう父ゲール帝の面影がある。
が、激情家であった父とは異なり、その表情は穏やかであった。
ゲルヌはふと書類から目を上げると、窓の外の夕闇迫る街並みを眺め、感に堪えぬように呟いた。
「何とか国家と呼んでもおかしくないところまで来たな」
マオロン軍を尖兵とするドーラ軍との戦いに勝利し、余剰兵力を貸し出して農民を受け入れる『兵農交換』も順調に進み、帝国という名目には程遠いながらも、国家らしい体裁が整って来ている。
「が、まだまだだ。本当の意味での国家となるには食糧自給率が低すぎる。これから本腰を入れて農業を活性化させねば。ウルスが外遊から戻ったら、一度相談に乗ってもらうか」
ガルマニアでの婚礼出席後、ウルスたちが直接帰国せずに大きく中原周辺を迂回していることまでは、ゲルヌの耳にも入って来ていた。
しかし、そのウルス一行が帰国の途上で腐死者化したコウモリの大群と遭遇し、ウルス本人はアーロン新辺境伯領に留まっていることまでは、さすがにまだ知らない。
「よろしいでしょうか?」
声を掛けられて漸く、ゲルヌは部屋の入口に人が立っていることに気づいた。
その姿は、髪の毛がないことと瞳が赤いこと以外はゲルヌに瓜二つであった。
「おお、ゲルニアか。いいぞ、入ってくれ。ちょうど一段落したところだ」
笑顔で向かい入れたゲルヌと違い、その擬体として生を受け、今では赤目族の第一発言者となったゲルニアは、緊張の面持ちであった。
元々ゲルヌを遠隔監視する目的で造られたゲルニアは、常にゲルヌと感覚を共有していたのだが、互いに多忙になり過ぎて混乱が生じるようになったため、最近は意図的にに精神接触を遮断している。
ゲルヌがゲルニアが来たことに気づかなかったのも、そのためであった。
部屋に入ってもなかなか話を切り出さないため、ゲルヌは優しい声音で「どうした?」と促した。
それでもゲルニアは躊躇っていたが、大きく息を吸うと、一語一語区切るようにして告げた。
「魔道神よりご宣託がございました。『時は至れり』と」
ゲルヌは一瞬意味がわからないという顔になったが、すぐに「ああ、そういうことか」と声を上げた。
「できれば詳しくお聞きしたいが、よいか?」
ゲルニアもゲルヌの反応を予想していたらしく、驚かなかった。
「はい。詳細をお尋ねになるであろうから、み使いを本殿にお連れするようにと命じられております。今から参られますか?」
「うむ。頼む」
ゲルニアは黙って頷くと、その場で少し浮身して背中を向け、スッと前に進み始めた。
ゲルヌも見ていた書類を閉じると、椅子から浮き上がり、やや前のめりの姿勢でその後を追った。
その口から小さく独り言が漏れている。
「まあ、仕方あるまい。わたしのような不信心者と違い、ゲルニアにとっては信仰上の一大事だ。動揺するなという方が無理だろう」
ゲルニアは途中で後ろを振り返ることもなく、地下の古代神殿へ通じる螺旋階段の中心の空洞を降下して行く。
地下空間には既に煌々と明かりが灯され、古代神殿全体が只ならぬ雰囲気であった。
上から見下ろすと、普段は敬虔な神官の如く慎ましやかな赤目族たちが、騒然となって右往左往している。
ゲルニアはそれらを説明せず、ゲルヌも敢えて聞かなかった。
そのいつもとは違う古代神殿の中で、これだけは変わらぬ威容を見せる本殿に二人が近づくと、巨人でも通れそうな大きな扉が左右に開いた。
が、そこでゲルニアは空中浮遊して、初めて振り返った。
「わたくしはここでお待ちいたします」
ゲルヌの美しい眉がクッと寄った。
当然二人一緒だと思ったのであろう。
「何故だ?」
ゲルニアは空中で頭を下げた。
「バルルは、み使いお一人で、と命じられました」
ゲルヌは二呼吸ほど考えたが、「わかった」と告げ、一人で本殿の中へ入った。
背後で扉が閉まる気配がし、一瞬暗闇に包まれたが、すぐに柔らかい橙色の光が伽藍とした本殿内を照らした。
その徒っ広い床に、ポツンと白い人影が立っていた。
形こそ人型であるが、厚みは殆どなく、ペラペラである。
ゲルヌがその前に着地すると、床の一部が盛り上がって椅子のようになった。
同時に、白い影の顔の部分に切れ目のような口が現れ、「掛けたまえ」とゲルヌに勧め、自身も椅子に座るような恰好をしたが、その下は何もない空間のままであった。
「この姿は立体虚像だから、別に立っても座っても変わらぬのだが、こちらが立ったままでは、おまえが座り難いだろうからな」
ゲルヌはフッと苦笑すると、「お言葉に甘えよう」と言いながら椅子に座った。
白い影の切れ目の口からも、小さく笑い声が聞こえた。
「良き哉、良き哉。そういう物怖じしないところが、おまえの美徳だな。おお、すまぬ。われららしくもなく、燥いでいるようだ」
ゲルヌは落ち着いた声で聞いた。
「良い知らせがあったのだな?」
「そういうことだ。待ちに待ったる救難信号の返事が来た。三千年前にケルビムのお蔭で発信し、隕石孔、おまえたちの云うギルマンの地下深くに設置された受信機が、先日遂にその信号を感知した。この惑星の暦日に換算すると、凡そ百日ほどで大船団が到着するらしい。そうなれば、非位相者からわれらの母船を奪い返し、諦めていた帰郷が叶うのだ」
珍しく弾んだ声で話す白い影、即ちバルルに、ゲルヌは冷静な声で告げた。
「そう上手くは行かぬだろうな」
(作者註)
三千年前の出来事については、696 過去への旅(13)あたりをご参照ください。




