1349 ハルマゲドン(5)
ガルマニア合州国西南部に位置するバローニャ州の州都ネオバロン。
ここは、その中心部の高台にあるドーラの居城である。
元々山賊上がりのゴンザレス将軍が造った砦を皇帝となったマインドルフが奪い、アーズラム帝国の帝都パレオマインドルーブルとしたものを、更に二代皇帝アラインが簒奪し、最終的にドーラが手に入れたという血塗られた歴史を持つ、謂わば壮大な事故物件のような城であった。
今しも、機械人間となった執事のサンテが杯に注いだ葡萄酒を飲もうとしていたドーラの前に、不吉な黒い鳥のような東方魔道師が姿を現した。
「辺境での極秘任務は、全て順調に運びました。用意した腐死者化したコウモリは、予定どおり変身したゾイアに焼き尽くされ、エオス大公国もバロード連合王国も、西に向かって厳戒態勢をとっております」
恐らく、褒められるものと期待して頭を下げて待っている東方魔道師に、ドーラは冷たく言い放った。
「首尾はわかった故、早う下がれ。ンザビの臭いがプンプンして、酒が不味うなるわえ。さあ!」
思わず唖然として顔を上げてしまった東方魔道師は、慌てて面を伏せて退出した。
ドーラは顔を顰めて鼻を鳴らすと、一気に杯を呷った。
「ふーっ。落ちぶれたくはないものよ。たかがガルマニアの片田舎での陣取り合戦を有利に導くために、遥か彼方のマオールまで虚像を送ってヌルサン皇帝に頭を下げたり、此度は姑息にも仇敵白魔を利用しようとするなんぞ、われながら浅ましい限りじゃ」
そのドゥルブによって、瀕死の状態だった肉体を半ば以上機械に改造されたサンテは、死んだ魚のような目でドーラを見ながら、小さな鉄格子のような口から意外なことを告げた。
「最早敵ではありませぬ、ドーラさま」
まるで備え付けの家具が突然喋りだしたかのように、ドーラは驚いた。
「何を申しておるのじゃ? 遂に、残っていた脳味噌も腐り果てたのかえ?」
相変わらずまるで感情のない声で、サンテは答えた。
「いいえ、そうではありませぬ。わたくしの脳内には、無線通信の機能がございます。ああ、つまり、遠隔地にいる者と、見えない波で意思の疎通ができるのです。その機能によって、政権交代の情報が伝わって参りました」
ドーラは胡散臭そうにサンテの髭面を見た。
「訳がわからぬ。もっと普通の言葉で言うてくりゃれ」
「はい。異世界より飛来した知性体、この世界で謂うところのドゥルブ本体に於いて、少数派であった覇権主義が、多数派の虚無主義から主導権を奪いました」
ドーラは苛立たしげに舌打ちした。
「少しも普通の言葉になっておらぬぞえ」
「ああ、失礼しました。翻訳機能が未熟なので。つまり、かつてマルカーノ一家を乗っ取り、中原を支配しようとしたものの、ケルビムの使う聖剣によって中和され、本体に戻された者たちが、ドゥルブ本体の支配勢力となったのです」
ドーラの顔に、初めて内容を理解したような表情が浮かんだ。
「ほう。あの時、わたしに機械の魔種を吞ませようとした連中かえ。ふーむ、だからというて、ドゥルブに変わりはあるまい?」
サンテはぎこちなく首を振った。
「いいえ。主流派のように『生きとし生けるもの全てを滅ぼすべし』という考え方では、交渉の余地などございますまい。しかし、覇権主義者は、基本的にあなたさまと同じ考えでございます。この世界を征服することが目的でございます」
ドーラは鼻を鳴らした。
「全ての人間を奴隷にして、とか言うておったのう。殺されるよりはマシと思え、ということか。ふん。お断りじゃ。わたしは中原を統一したいと思うておるが、奴隷の上に君臨してもつまらぬ。まあ、ンザビしかおらん世界よりは良いが」
「おお、そのことでしたらご心配なく。人間の自由意志を奪うのは最小限に留め、ともかく早急に支配体制を固めたいと考えていますので」
いつの間にか伝聞ではなく、サンテ自身の考えとして喋っているが、ドーラはあまり気にしなかった。
逆に、サンテの死んだ魚のような目を覗き込み、意地悪く尋ねた。
「そろそろ本当のことを言うたらどうじゃ? 何かわたしに隠しておろう? 何か重大なことが起きたのじゃろう?」
と、サンテの髭面が、のっぺりとした白い平面となり、切れ目のような口が開いた。
「さすがだな、アルゴドーラ。確かに、事情が変わったのだ。三千年の時を経て、救難信号を受け取った追っ手が迫って来ている。今にして思えば、この世界の生き物を滅ぼさなくて良かったよ。この世界の全ての人間がわれわれの人質だ。が、そのためには、追っ手が到着する前に、われわれが完全に支配しておかねばならん。追っ手は厳しい倫理規定に縛られているから、原住民の総意があれば、手も足も出せない。どうだ、共にこの世界を支配せぬか?」
ドーラは深く息を吐き、思い切ったように答えた。
「良かろう。その申し出受けてやるぞえ。但し、主役はあくまでもわたしじゃぞ。支配するのはわたしで、おぬしたちは客分じゃ。それでも良いかの?」
白い平面の口の両端が、キューッと吊り上がった。
「それで良い。ああ、心配するな。われわれにとって口約束も立派な契約だ。おお、そうだ。おまえたちのいうところの言霊縛りと同じだよ。契約はわれわれを縛る。安心するがいい」
ドーラは鼻で笑ったが、その笑顔はやや硬かった。
(作者註)
ドゥルブの反主流派とドーラの関わりについては、1175 白魔が来りて(10) ~ 1177 白魔が来りて(12)をご参照ください。




