1347 ハルマゲドン(3)
いざという時、最前線で戦う覚悟があるのかとウルスラに問うたペテオを、上司に当たるニノフが窘めた。
「いくら何でも無礼が過ぎるぞ」
が、ペテオは怯まず言い返した。
「無礼は百も承知してまさあ。おれだって、本来の女王陛下なら、こんなことは言わねえ。しかし、おれの大将、ああ、すみませんね、今はニノフ殿下に仕える身だが、おれにとって大将は唯一人、ゾイアなんでね。そのゾイアの心が眠り込んだまんまで、陛下が身体を預かってるっていうなら、それなりの覚悟が必要ですぜ、ってことを言いたくてさ」
何か言おうとするニノフを制し、ウルスラ本人がきっぱりと宣言した。
「勿論覚悟しているわ。抑々対白魔の戦いは、バロード王家の聖なる務めよ。お祖母さまのせいで聖剣を使えなくなって、今後その責務を果たすこともできないと半ば諦めかけていたけれど、こうしてゾイアの身体を預かることになり、それがまた可能になったの。これこそ、天命というものかもしれないわね」
ペテオはニヤリと笑った。
「そう来なくっちゃ。あ、失礼いたしました。ええと、失礼ついでに、もう一つお聞きしたいことがあります。いいですかねえ?」
ウルスラも笑顔で答えた。
「わかっているわ、ゾイアのことね。もし、本人が目醒めるようなことがあれば、いつでもこの身体は返すつもりよ。それでいいかしら?」
「ありがてえ」
ペテオは喜び勇んで現場に戻り、ウルスラとニノフだけで話を続けた。
ニノフは改まって「聖剣を使うおつもりですか?」と尋ねた。
ウルスラは考えながらも「そうなるような気がするの」と答えた。
「ウルスの中和が不完全だったとしたら、それはわたしの責任でもあるわ。あの時、二人が複雑に入れ替わってしまったから。元々サンジェルマヌスさまはわたしに使命を託されたのだし、今でも心のどこかに、わたしが中和したならどうなっていたのだろう、という思いが消えないの。ああ、でも、ウルスを責めているんじゃないのよ。自分が不甲斐なくて」
俯くウルスラに、声をかけようとしたニノフの顔が上下し、瞳の色が変わった。
同体の妹、ニーナである。
「ごめんなさい。口出しするのはどうかと思ったけれど、兄は臣下として遠慮があるみたいだから、自由な立場のわたしから助言してもいいかしら?」
「まあ、こちらからお願いするわ、ニーナ姉さま」
ニーナはウルスラに手を翳し、癒しを行いながら話した。
わたしたち両性族は、男女の双子が一つの肉体を共有するように運命づけられているわ。
あなたは今、ゾイアの身体を借りることによってウルスと分かれていられるけど、わたしと兄には到底できないことよ。
度々話に上がった祖母ドーラのように、同体の兄と常に意見が一致するような同型と違い、わたしたち異型は、そうあなたたちもね、時々両性に軋轢が起きるわ。
ええ、そうよ。
わたしと兄だって、父に対する想いでは何度も対立したの。
でも、それは普通のことよ。
だって、別の人格だもの。
それが双子の兄妹であってもよ。
寧ろ、一般的には祖母のような例は稀、というより皆無だと思うわ。
だから、あなたにしても、弟のしたこと、或いはできなかったことに、必要以上の責任を感じることはないのよ。
あなたにはあなたの良さがあるように、ウルスにはウルスの良さがあるわ。
そういう違いを認め合って、お互いを尊重するというのがあなたの政治理念でしょう?
あら、生意気なことを言って、ごめんなさいね。
聞き終わったウルスラは、涙を浮かべて首を振った。
「いいえ。ニーナ姉さまの仰るとおりよ。わたしはいつの間にかウルスの保護者のような気持ちになっていたのね。ウルスはウルスのできる限りの務めを果たしたのだし、わたしならもっと上手くやれたかもしれないなどと思うのは、わたしの驕りね。実際、中和が完全であったとしても、その後別の原因で緩むこともあるでしょうし」
ニーナはニッコリと笑った。
「わたしもそう思うわ。そして、その別の原因を知ることが、今は何よりも重要ね」
「何か別の原因があるはずです」
そう言いながら大きく息を吐いたのは、バロード連合王国統領のクジュケであった。
妖精族の血を引くクジュケは、サラサラの銀髪をかき上げると、天井を仰いだ。
場所は、王都バロンの双王宮の中にある小会議室であった。
その中央にある丸テーブルを、クジュケを含む五人が囲んでいる。
「だったら、少々危険でもスカンポ河西岸に斥候部隊を渡らせるしかねえんじゃねえか」
やや乱暴な意見を述べたのは、新しく情報大臣という地位に就いたロックである。
これには、陸軍大臣のタロスが太い首を大きく横に振った。
「駄目だ。危険が大きすぎる。ここは、魔道師に偵察してもらうしかあるまい」
秘書官であると共に魔道師でもあるシャンロウが、小太りの身体を震わせて「無理だあよ」と仰け反った。
「おらだって生命は惜しいべ」
すると、そのシャンロウに無理やり連れ帰られたラミアンが「ちょっと待ってください」と手を挙げた。
「腐死者化したコウモリの大群に襲われた時には気も動顛していたのですが、よくよく冷静に考えてみると、どうも変なんです」
(作者註)
ウルスのドゥルブ中和については、少し長くなりますが、458 ミッテレ・インポシビリタス(1) ~ 524 ミッテレ・インポシビリタス(34)あたりをご参照ください。




