1346 ハルマゲドン(2)
一気にエオス大公国付近のスカンポ河中流域上空に跳躍したウルスラは、河面を埋め尽くす軍船に驚いた。
「やるわね。でも、わたしが遭遇したようなコウモリの大群が来たら、これでも手薄かもしれないわ。とにかく、ニノフ兄さまに会わなきゃ」
ウルスラは、新装なった大公宮に向かった。
大公宮のあるエオス近辺は中流域と上流域の境目に近く、今いる場所からやや北上することになる。
河沿いの森の中に、ニノフの性格そのもののような飾り気のない大公宮が見えて来た。
ここは元々廃城を野盗『暁の軍団』が砦に改装して根城にしていたのだが、『暁の軍団』壊滅後、ニノフらが辺境難民の受け入れのために拡充したものである。
その後、この砦を中心に国家建設へと進み、周辺一帯が古来より暁の女神の地と呼ばれていたことに因み、新国家の名をエオスとした。
尤も、難民の受け入れ事業を最優先にしたため、国家元首たるニノフはずっと仮屋住まいであったが、下流域の新辺境伯領の設立を機に、漸く本来の大公宮へ移った。
ウルスラ自身も大公宮へ行くのはこれが初めてである。
が、上空から接近すると、その横に付設された張り出し露台にニノフたちの姿が見えた。
ウルスラは微苦笑して呟いた。
「あら、やっぱりニノフ兄さまは外が好きなのね」
実父であるカルス王から捨てられたと信じ込んでいたニノフは、傭兵として各地を転戦しながら青春時代を過ごした。
そのためか野外に居ることを好み、以前の居館に住んでいた時もオープンテラスで過ごすことが多かったのだが、それを態々新しい大公宮へ移設したらしい。
ウルスラが徐々に降下して行くと、さすがに目敏くニノフが気づき、手を振った。
その前に三人の男が居並んでいる。
一人は元副将、現在は大公補佐官のボローで、いかつい体格と顔の下半分を覆う黒い鬚で遠目にもすぐにわかる。
その隣には、ボローよりはやや細身の伊達髭の男がおり、同じく補佐官になったペテオであろう。
最後の一人は、変わった服装の壮年の男であった。
一見襤褸を纏っているようだが、縫い込んでいない粗い布を巻き付けたもので、民族衣装のようだ。
ゴワゴワした長い茶色の髪を一まとめにして馬の尻尾のように垂らしており、日に焼けた精悍な面構えをしている。
「ああ、あれがロレンゾさんね」
ベド族の族長ロレンゾであろうと、ウルスラは判断した。
見た目は壮年であるが、実年齢はこの四人の中では一番若く、二十代半ばのロックと同世代だと聞いている。
ニノフの異父妹であるピリカの婚約者であり、婚礼間近のはずであった。
「と、いうことは、近々わたしの義理の兄さまになる人ね」
ウルスラは思わず微笑んで着地したが、四人の深刻そうな表情を見て、すぐに笑顔を消した。
ニノフも珍しく硬い表情で、「シャンロウから聞いた情報を基に話し合っていました。どうか陛下も加わってください」と招いた。
ニノフはウルスラの庶兄ではあるが、臣下の大公になった立場上、普段から言葉遣いを改めている。
ウルスラは以前どおりでいいと何度も頼んだのだが、ニノフは「両国の将来のために必要なことです」と譲らなかった。
自分たちの世代はともかく、二代三代と続くうちにお家騒動のようなことが起きないように、との配慮であろう。
が、ウルスラは構わず、以前どおりの言い方を変えていない。
「スカンポ河にたくさんの軍船が出ているのを見ました。素早い対応をしてくだすってありがとう、兄さま。でも、ノスフェルの大群には、ヨゼフさんの作った特別火箭だけでは対応できないわ。もっと強力な武器がないと」
「ええ。そのとおりだと思います。ヨゼフには、蛮族軍が使っていた投石器を参考に、火箭を連続して発射できるものを作るよう命じています。ただ、気になるのは、以前ゾイアが」
そこまで言ったところで、ニノフが美しい眉を寄せた。
「違っていたら申し訳ないのですが、もしや陛下の今のお身体は」
「さすが兄さまね。そうよ、この身体はゾイアなの」
ウルスラは簡単に経緯を説明した。
聞き終わったニノフは、何故か残念そうな顔になった。
「そうですか。では、ゾイア本人に聞くことはできませんね」
ところが、ウルスラの喉から抑揚のない声が答えた。
「……質問したいことが、結晶毒に関することなら、今のところ心配は要りません。結晶の森全域は現在も凍結されており、毒はまだ外部に漏洩しておりません」
と、ニノフより先に、ボローが喜びの声を上げた。
「おお、有難い。それなら、遠慮なくノスフェルを焼き尽くしてやります。早速ヨゼフどのに作業を急ぐように言って来ます」
以前大挙して腐死者が渡河して来た時に最前線にいたボローは、勇躍して別棟に駆けて行った。
ロレンゾも、「ならば、おれは陸上の警戒に行って来る」と告げると、女王への挨拶もそこそこに立ち去った。
それを執り成すように、ペテオが笑いながら解説した。
「砂漠の民であるロレンゾにとっちゃ、軍議なんてまどろっこしいんでさ。まあ、ボローにしても同じようなもんでね。ところで、おれも一つ聞きてえんだが、あ、いや、お伺いしてえんだが、いいですかい?」
ウルスラは肩を竦めた。
「ごめんなさい。いいとも駄目だとも答えようがないわ。喉から出る声は、わたしの意思とは無関係に出て来るから」
ペテオは苦笑した。
「おれの聞き方が悪くてすみません。失礼を承知で、女王陛下にお尋ねします」
「あら、こちらこそごめんなさい。どうぞ、聞いてちょうだい」
ペテオは大きく息を吸うと、思い切ったように問うた。
「いざ、という時、最前線で戦うお覚悟は、ありますか?」




