134 偽りの戴冠式(3)
ウルスが顔を上げた時には、コバルトブルーだった瞳が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わっていた。
祭主役のエピゴネスが、ギクリと仰け反った。
「お、おまえは、誰だ?」
「ウルスの双子の姉、ウルスラでございます」
二人のやり取りはすぐ近くにいる者にしか聞こえぬため、大部分の列席者には突如儀式の進行が止まった理由がわからず、会場がざわついた。
異変に気づいたブロシウスは「いかん!」と叫び、駆け寄ろうとした。
が、ウルスラの手がスッと伸び、見えない波動が迸った。
充分な休養を取り、ウルスラ自身は忘れているサンジェルマヌスからの理気力の補填もあって、その衝撃はブロシウスの身体を大きく弾き飛ばした。
会場のあちこちから「何だ!」「どうした!」という声が上がり、騒然として来た。
衛兵たちは「ご静粛に!」と言いながら、手分けして会場を回った。
衛兵たちにしてみれば、異変の内容よりも、式次第が滞れば自分たちも叱責されるとの恐怖心の方が勝っている。
騒ぎに巻き込まれるのを懼れてか、既にチャドスは姿を消していた。
この戴冠式は、全てブロシウスが取り仕切っており、何か不祥事があればブロシウスの責任となる。
チャドスに呼応するように、マオール帝国の一団も静かに退席しつつあった。
周囲を見回して、ブロシウスの気絶している姿を発見したエピゴネスは、恐怖の混じった表情で、改めてウルスラに問うた。
「おまえは、魔女なのか?」
ウルスラは、激しく頭を振った。
その誤解だけは、何としても否定しなければならない。
「いいえ、いいえ、違います。どうか、わたしの話をお聞きください!」
「ウルス王子は、如何したのだ?」
ウルスラは一旦、顔を上下させた。
再び、瞳の色がコバルトブルーに戻った。
「ぼくなら、大丈夫です。ぼくたちは、身体は一つでも、心は別々なのです。どうか、姉の話を聞いてください!」
「そんな馬鹿な!」
ウルスの顔が上下し、ウルスラに替わった。
「王家のごく一部と、ケロニウスさましか知らぬことです」
ケロニウスの名前を聞いた途端、エピゴネスの表情が、困惑から憎悪に変わった。
「わかったぞ! あやつの陰謀だな! 少しばかりブロシウスの考えを支持したからと、上長のわしを追放しおって! 今度は、戴冠式を邪魔するために、魔女を送り込んで来おったのか!」
大広間に残っている人々の口からも「魔女?」「魔女じゃないのか」という囁きが漏れて来た。
「違います!」
会場が静まる程の大音声でそう叫んだのは、ツイムであった。
「ウルスラさまは、歴としたバロード王家の王女であらせられます! 何卒、お話だけでも、お聞きください!」
シンと静まり返った大広間に、漸くウルスラの声が響いた。
ありがとうございます。そして、式を中断して、ごめんなさい。
わたしは、ウルスの双子の姉、ウルスラです。
尤も、ご覧のとおり、身体は一つです。
何故こうなのか、わたしもウルスも知りません。
物心がついた頃には、顔を動かして互いに交替して身体を使っていました。
ある日のこと、母上さまからこう言われました。
他人がいる場所では、わたしは出てはいけないと。
日頃はウルスとしてのみ過ごし、家族やタロスと一緒の時だけ、わたしになっていいと。
わたしは母上さまに理由を聞きました。
母上さまの返事は、残酷なものでした。
わたしは、この世にいてはいけない存在なのだと。
けれど、すぐに母上さまはご自分の言ったことを後悔され、泣き崩れました。
わたしも泣きました。
時間はかかりましたが、徐々にこれも運命だと受け入れ、わたしはウルスの影として生きて行くことにしました。
しかし、ウルスがこのエイサに留学した時、転機が訪れたのです。
ウルスは全く魔道が使えませんでした。
担当教官のケロニウスさまは、バロード王家の嫡流がそんなはずがないと疑問に思われたので、わたしも隠れることは止め、本当のことをお伝えしました。
ケロニウスさまには、何か思い当たることがあられるようで、わたしの存在を受け入れ、魔道の技を授けてくださいました。
それと共に、帝王学も学びました。
ところが、ウルスは魔道だけでなく、政治にも全然興味を示しませんでした。
ケロニウスさまが、わたしたちに聞こえないように「逆であったなら」と呟くのを、偶然聞いてしまったこともありました。
ウルスは、本当に素直な良い子です。
でも、それだけの子です。
平和な時代なら、王として相応しいかもしれません。
でも、今は違います。
失われた王国を、取り戻さなければなりません。
ウルスには難しいでしょう。
そこで、二人でずっと相談し、決めたのです。
ウルスではなく、わたしが女王として即位することを!




