1341 遥かなる帰路(70)
会場を移して昼食会となった。
格式張らないスーラ大公らしく丸いテーブルで、その横からウルス王、ウルスラ女王、ツイム海軍大臣、ラミアン秘書官、リサ嬢と六人が順に座った。
海産物を中心とした料理が供され、昼ということもあって酒類の代わりに柑橘系の香りづけをした薄酢が出された。
スーラは自らそのポスカを一口飲んで説明した。
「このポスカはわが家に伝わる秘伝の二日酔い薬なのだよ」
ツイムは「恐縮です」と苦笑しながら飲んだ。
「ほう。気分がサッパリしますね」
「余も若い頃はよくこのポスカの世話になったよ」
皆が笑顔になって和やかな雰囲気で昼食が進み、その間に、ウルスとウルスラが交互にこれまでの経緯を話した。
「……ということで、ゾイアの状態が落ち着くまで、わたしが身体を預かることにしたんです」
ウルスラがそう締め括った時、同体のウルスとの結婚を望んでいるリサが、思わず小声で「ずっとそうなればいいのにな」と言ってしまい、慌てて謝った。
「ごめんなさい、ウルスラさま。わたしったら、なんてご無礼なことを」
涙目になっているリサに、ウルスラは微笑んで見せた。
「いいのよ。わたしだってそう思うもの。あら、違うわね。別にウルスと離れたいって言ってるんじゃないのよ。わたしに限らず、一度でもゾイアの身体を自由に操れたなら、誰しもその全能感の虜になると思うわ。わたしのお祖母さまのように」
さすがに表情を翳らせたウルスラの代わりに、弟のウルスが憤然として発言した。
「そのことも勿論だけど、今回のマオール行きでわかったお祖母さまのやり口は、本当に酷いよ。勝手にヌルサン皇帝に姉さんを嫁にやるって約束なんかしてさ。そうならなかったから良かったものの、とても肉親のやることじゃないよ」
珍しく感情的になっているウルスを、スーラが宥めた。
「色々と事情がおありだったのでしょう。かつて中原の支配者であったお方が、今はガルマニアの一自治州に押し込められ、しかも、大統領ヤーマンによってジリジリと勢力を削がれているそうではありませんか」
話題が自分の得意分野に移ったと見て、すかさずラミアンが口を挟んだ。
「そこなんです、これからの中原の一番の不安定要素は。このままドーラさまが自治州の州総督程度で満足されるはずがありませんからね。かといって、あの曲者ヤーマンを騙そうとしても、悪智慧では一枚も二枚も上手です。そこでドーラさまは考えた末、遠いマオールの力を頼ろうとしたのでしょうが、あっさりと頓挫してしまいました。でも、ドーラさまが次にどういう策謀を巡らして来られるのか、油断できませんよ」
すると、珍しくウルスラが不快そうな顔をした。
「そんなに悪く言わないで。わたしのお祖母さまなのよ。確かに、勝手にわたしをヌルサン皇帝に差し出そうとしたのは非常識だとは思うけど、何とかお祖母さまと仲直りできないか、それを考えてちょうだい」
それでもラミアンは引き下がらなかった。
「甘いですね。ドーラさまは、自分の野望のためなら息子のカルス陛下さえも」
さすがにツイムが顔色を変えて「よさんか!」と叱った。
「おまえが有能なのは認めるが、臣下としての分を弁えろ!」
一気に気まずい沈黙が下りたが、原因を作ったウルスラが真っ先に皆に詫びた。
「ごめんなさいね。言い方はともかく、ラミアンの指摘は正しいわ。外交や軍略の問題に肉親の情を持ち込んだのは、わたしの過ちよ。でも、それはそれとして、無用な軍事的衝突を避けるためにも、一度じっくりとお祖母さまと話し合う必要はあると思うの」
スーラが「うーむ」と唸った。
「感服いたしました。若い秘書官の冷徹な分析、海軍大臣の熱き忠誠心、そして何よりも、恩讐を超えた未来に邁進される女王陛下、理想の国家像ですなあ」
と、リサが憤然として立ち上がった。
「それだけではありませんことよ、お父上。ウルスさまこそ庶民の生活の隅々にまで目を配り、自ら鋤鍬を握って畑を耕し、畜産にも林業にも漁業にも造詣が深い、理想の為政者であられますわ」
ウルスは顔を真っ赤にして「褒めすぎだよ」と恥ずかしがったが、そのお蔭で多少ギクシャクしていたその場の空気が、再び穏やかになったのである。
食事が終わったところで、スーラが提案した。
「バロードから出向する形のツイム大臣は別枠として、他のお三方にも好きなだけ滞在していただきたいと思うが、如何ですかな?」
ウルスとラミアンは一も二もなく喜んだが、ウルスラは少し考えさせて欲しいと答えた。
「実は、本人たちが遠慮して大公宮に来なかった連れが後二人います。かれらの意見も聞きたいですし、国元で待っている者たちのことを考えると、滞在できるのは長くても二三日かと思います」
人の好いスーラは却って恐縮した。
「おお、これは余が強引でした。どうぞ、陛下の思われるとおりになさってください。ご滞在期間が短ければ短いなりに、精一杯おもてなしさせていただきますので」
「こちらこそ、失礼を申し上げました。殿下のお心遣い、本当に感謝に堪えません」
二人の君主の謙虚なやり取りを、その二人に仕える立場のツイムは、万感の思いの籠った目で見つめていた。




