1337 遥かなる帰路(66)
沿海諸国及び隣接するガルム大森林最南端近くの海域は、数え切れないほどの小さな島々が連なる多島海であり、海中に見えない岩礁も多く、航海の難所とされていた。
また、古来より海賊が跳梁跋扈する海域でもあり、当然、航行する船の側もそれなりの警備体制をとっている。
それらの警備兵の中には素行の悪い輩も多く、ウルスたち四人が乗った船もご多分に漏れず、柄の悪そうな男たちが混じっていた。
「おい、あの四人組を見てみろよ。カモの匂いがするぜ」
船縁に寄り掛かり、黒い顎鬚に埋まったような口でそう言ったのは、擬闘士のようなゴツい体格の男であった。
話しかけられたのは痩せ細った死神めいた男で、眠たそうな灰色の目でそちらを一瞥した。
「ほう。変わった組み合わせだな。育ちの良さそうなバロード人の兄弟と、使用人らしいカリオテ人の若造、それに小人族の爺さんか。うーん、あのボップ族はどこかで見たことあるなあ。おおそうか、情報屋のギータじゃねえか。こいつあ何かあるな」
「ギータってボップ族とは理由ありかい?」
「直接はねえさ。だが、あいつは情報屋の中じゃ古株のくせに、仲間内からは孤立してる。本業そっちのけで、商人の都サイカの女傑ライナの右腕として、共に市政を取り仕切ってるらしい。そのギータが付き添ってるんだから、あの兄弟も只者じゃあるめえ」
同じ金髪碧眼のウルスとラミアンを、かれらは兄弟と決めてかかっていた。
「どうする? 一発カマしてやるか? 脅せば、幾らか金を出すかもしれんぜ」
黒鬚の誘いに、しかし、死神めいた男は首を振った。
「いや。あのギータってのは、小っこいくせにやたらと剣の腕が立つって噂だ。おれたち二人なら引けは取るめえが、あんまり騒ぎがデカくなると、船長がうるせえだろう。寧ろ、あのカリオテ人の若造を締め上げて、金髪兄弟が何者か聞き出した方がいい。おお、お誂え向きに、一人でこっちへ来る。ギータの死角になるよう、船橋楼の蔭で待ち伏せしようぜ」
甲板の上を歩いて来ているのは、勿論ウルスラであった。
が、見た目は正に日に焼けたカリオテ人の若者にしか見えない。
他の三人から離れたのはちょっとした冒険心であったろうが、甲板の中央にある船橋楼を廻り込んだところで、巨漢に行く手を塞がれた。
黒鬚の方だ。
「おお、久しぶりじゃねえか。元気にしてたか?」
意外に人懐っこい笑顔でそう告げられたが、ウルスラに心当たりなどあるはずもない。
不愛想に「人違いだ」と低めの声で告げ、横をすり抜けようとしたが、相手もそちらへ動く。
ならばと反対側へ行こうとすると、相手も反対側へ動く。
偶然そうなることもあるのだが、それが意図的なのは、黒鬚のニヤニヤ笑いでわかった。
「つれないじゃねえか。おれだよ、おれ。忘れたのか? おめえには、たんと貸しがあるんだぜ。さあ、この場で返してもらおうか?」
明らかに金品を巻き上げる目的で絡んで来ている。
ウルスラは小さく舌打ちし、引き返そうとした。
と、黒鬚と同じぐらい上背のある痩せた男が立っていた。
死神めいた顔に、薄ら笑いを浮かべている。
「おいおい、シカトすんのか? おれの朋友に借りた金を返せよ。もし、今持ち合わせがねえんなら、おめえの連れのお坊ちゃんたちに立て替えてもらってもいいんだぜ?」
ウルスラは不快そうに顔を顰めると、ギータの助言どおりやや乱暴な言葉遣いで反論した。
「さっきから人違いだと言ってるだろ。わた、いや、おれには関わりのないこった。さあ、そこをどけ!」
死神めいた男の灰色の目が、一層眠そうに細められた。
「そうは行かねえな。たとえ人違いだろうが何だろうが、おめえはおれたちに喧嘩を売ったんだ。売られた喧嘩は買わなきゃ男が廃るってもんだ。言っとくが、若造相手だろうが手加減はしねえぜ。が、もし、勘弁して欲しいなら、今ここで金を払うか、手持ちがねえなら、おめえの連れの金髪坊やが何者か教えろ。どうせ、どっかの金持ちの子供かなんかだろ? そっちから金を貰うからよ」
ウルスラは怒って「ふざけるな!」と叫んだが、その両肩をグッと押さえられた。
死神と話しているうちに近づいた黒鬚の仕業であった。
振り返る間もなく、黒鬚の両手がウルスラの首を絞めた。
更に、酒臭い息で耳元に囁いて来た。
「さあ、死にたくなかったら言え。あの金髪の兄弟はどこの何さまだ?」
と、黒鬚の両手がパーンと弾かれたように離れた。
弾いたのはウルスラの首そのものであった。
首が頭部よりも太くなっている。
いや、首だけではない。
腕も太腿も、服が張り裂けそうに太くなって来た。
「ば、化け物だ!」
腰から砕けるようにへたり込む黒鬚と違い、死神は眠そうだった目をカッと開いた。
「まさか、獣人将軍? と、いうことは、あの金髪は……ウルス王か!」
ウルスラが、「あっ」と声を上げた時には、死神は身を翻し、ウルス目掛けて走り出していた。
その手にはいつ取り出したのか、短剣が握られている。
ウルスラが「待て!」と叫んで追いかけようとしたが、ガッチリと両足首を黒鬚に掴まれていた。




