1336 遥かなる帰路(65)
いきなりゾフィアに叱られたジェルマは、怒るよりも不審に思ったようだ。
「どうした、おっさ、いや、ゾフィアの姉ちゃん? おいらが実家に帰らねえのが、そんなに嫌なのか?」
聞かれたゾフィアも戸惑っているのを見て、切っ掛けを作ってしまったギータが宥め役に回った。
「まあ、今すぐどうこうという話ではない。いずれ近いうちに帰れば良いのじゃ。それなら双方に異存はあるまい?」
が、ジェルマは首を振った。
「近いうちは無理だね。おいら竜騎兵の連中を、マオールまで送り届けるつもりだからさ」
これにはウルスが驚いた。
「せっかく戻って来たのに、何故なの?」
ジェルマはニヤリと笑った。
「決まってるじゃねえか。再開された東廻り航路で、マオールに一番乗りしたいのさ!」
するとゾフィアが、今度は懇願した。
「それならそれで、その前に一度親御さんに顔を見せてあげてください。お願いです」
これにはジェルマも鼻白んだ。
「わかったよ、もう。どうせ船が出るとしても、今日明日じゃねえだろうしな。その前に一遍、ダフィネ伯爵国の実家に戻るさ。それでいいか?」
ゾフィアは涙ぐみながら「ありがとうございます」と頭を下げた。
その様子をジッと見ていたラミアンが、「うーん」と言いながら首を傾げた。
「ぼくが言うのも変ですが、ゾイアさまの、ああ、今はゾフィアさまでしょうが、お心が一段と弱くなられた気がします。このまま旅を続けて大丈夫でしょうか?」
聞かれたウルスの顔が上下し、再びウルスラとなって答えた。
「そうね。弱い心に最強の肉体を任せる不安はあるわね。でも、ゴーストさんが設定してくださった安全処置によって、獣になる前に変身が止まってゾフィアになったのだから、暴れて困ることはないはずよ。逆に、闘うべき時に闘わないという心配はあるけど、その時はわたしが何とかするわ。こんな風に」
ウルスラが目を瞑ると、つられたようにゾフィアも目を閉じた。
先に目を開けたのはゾフィアであったが、その瞳の色は限りなく灰色に近い薄いブルーであった。
「ああ、上手く行ったわ。サンジェルマヌスさまが設定してくだすった『識閾下の回廊』を通じて、わたしたちは入れ替われるのよ。危険が迫って闘わなければならない時は、こうして、あら?」
ゾフィアに移動したウルスラが感じた異変は、ウルスラ本人の目が開いた時に決定的となった。
その瞳は、鮮やかなコバルトブルーだったのである。
「あれ? 姉さん?」
良く見れば顔立ちもそれぞれウルスとウルスラになっており、唯一の違いであった髪の色も、スーッとダークブロンドからブロンドに変化した。
それを見ていたジェルマが「どうなってんだよ!」と言うのを抑え、ギータが落ち着いた声で尋ねた。
「ゾフィアはおるのか?」
完全にウルスラになった方が、即答した。
「こっちには居ないわ。ウルスの方はどう?」
「こっちもさ。どうする?」
ウルスラの決断は早かった。
「このまま様子を見るしかないわ。以前、ウルスと別々にゾイアの身体に入った時も、最終的には元に戻れたから」
「そうだね」
本人たちは納得したが、やはりジェルマは文句を言った。
「んなこと言って、このまんまゾイアのおっさんが消えちまったら、どうすんだよ!」
それに答えたのは、ラミアンであった。
「ゾイアさまの人格は壊れた訳ではなく、休眠状態だと思います。少年や少女の人格は、その一部だけが目醒めて、いえ、夢を見ているようなものでしょう。今、それなりに完成されている女王陛下の人格が入ったことで、謂わば、ゾイアさまは安心して眠りに落ちたのだと思いますよ」
ギータが苦笑して「それなりに、は失礼じゃが」と評した。
「まあ、中らずと雖も遠からず、じゃろうな。少なくとも、当分ゾイアの暴発に怯えなくても済みそうじゃ。問題は、いざという時、闘えるか、じゃが」
ウルスラが「心配ないわ」と言いざま、スルスルと右手を伸ばしてギータの顔面スレスレまで拳を突き付けた。
ギータは「これこれ、年寄りを苛めるな」と言いながらも笑っている。
ジェルマだけは不満そうに「ちぇっ、ゾフィアの姉ちゃんの方が綺麗だったのに」と小声で言ったが、横で聞いていたラミアンも頷きそうになり、慌てて話題を変えた。
「取り敢えず食事にしませんか? この船宿の魚料理はなかなかですよ」
翌朝、約束どおり一度実家に帰るというジェルマと、マオール人たちを乗せる客船の手配をするというファイム大臣を残し、四人はカリオテ大公国行きの船に乗り込んだ。
但し、危険を避けるため、ウルスラは男性形になっている。
恐らく昨日話が出たツイムを雛形にしたらしく、十代半ばの沿海諸国の青年の姿である。
「どう? これなら目立たないと思うけど」
聞かれたギータは「ふむ」と頷いたが、付け加えてこう言った。
「言葉遣いをもう少し乱暴にした方が良いじゃろう。尤も、過ぎたるは猶及ばざるが如し。やり過ぎるでないぞ」
そのギータの心配は、残念ながら的中したのである。
(作者註)
ギータに言わせる諺の件ですが、本来、この世界らしい別の表現にすべきところですが、こちらの意図が上手く伝わらない上、話の流れを乱すので、敢えてそのままにします。




