1335 遥かなる帰路(64)
ウルスラたちがスルージの泊っている船宿でホンの一時仮眠をとって目醒めた頃、カリオテ大公国の一行が到着した。
カリオテの騎兵二十騎と一緒に、竜騎兵の生き残り二十名もそのまま野営するはずであったが、体調を崩している者が数名おり、別の宿に泊まらせることになった。
その手配が済んでから、改めてファイム大臣一人でウルスラたちのいる船宿にやって来たという。
自ら出迎えたウルスラに、ファイムは申し訳なさそうに弁解した。
「実は、それもあって、これほど行程が遅れたのです」
ウルスラは笑顔で首を振った。
「謝らなければいけないのは、わたしの方です。面倒なことを押し付けてしまって。でも、お蔭でドラグンの人たちにとっても朗報となる結果になりましたのよ。あら、ごめんなさい。どうぞ中へお入りくださいな。大広間で、みんなが待っていますわ」
こうして船宿の大広間に七名全員が集まり、中原に留まった三人のために、主にウルスラがダフィニア島からマオール帝国へ行った経緯を説明した。
「……ということで、東廻り航路の再開が決まったの。一抹の不安はあるけれど、わたしも今ではそれで良かったと思っているわ」
東廻り航路再開の秘策をウルスに授けた本人であるラミアンが得意満面なのは当然であったが、意外にもファイムが涙を流さんばかりに喜んだ。
「ドラグンの者たちが聞いたら、皆感涙に噎ぶでしょう。わたしもこの数日同行して、かれらの望郷の念が痛いほどわかりました。病に臥せっておる者たちも、これを知れば一気に回復するやもしれません。おお、こうしてはおれぬ。早速知らせて来ます。御免」
慌ただしく中座したファイム以外の六人で、引き続き今後のことを話し合った。
「ハリスさんのところに居るマオールの人たちの中にも、帰りたいという人が出るでしょうね」
ウルスラの発言に、ラミアンは首を傾げた。
「うーん、それはどうでしょう? 敗残兵として僻地を彷徨っていたドラグンと違い、既に領地まで与えられたかれらには、敢えて帰国する理由がありません。それに、言っては何ですが、かつて刑場皇子と呼ばれたヌルサン皇帝が治める母国に戻るより、今の方が幸せではないでしょうか」
「あら、ヌルサンもそんなに悪い人じゃなかったわよ。それに、あなたのお兄さまリーロメルも付いているし」
ラミアンは苦笑した。
「兄がどういう人か今一つわからないので何とも云えませんが、聞いた限りでは改心したようですし、多少はマオールのためにはなるかもしれませんね。それよりぼくが期待するのは、新たに皇太子になるというヌルチェン皇子ですよ。善悪は別として、かつてのガルマニア帝国では、時の皇帝ゲーリッヒの補佐官として辣腕を振るった人物ですから」
ヌルチェンを知るギータが「それはそうじゃが」と口を挟んだ。
「有能であるだけに、ちとやり過ぎるところがあるでな。まあ、白魔に取り憑かれておった頃のような悪さはせんじゃろうが、交易という戦いでも、結構えげつないかもしれぬぞ」
と、ジェルマが「望むところさ」と胸を張った。
「のんびりした西廻り航路と違って、昔から東廻り航路は危険と隣り合わせだったんだぜ。儲けも大きいから、海賊にもよく狙われたしな。再開が決まったと知れれば、今は大人しくしてる海賊たちだって蠢き出すさ。こりゃ、カリオテ海軍に頑張ってもらわねえと」
ところが、これには意外にも魔道屋スルージが口を挟んだ。
「そのカリオテの海軍大臣であるファイムの旦那は、見ず知らずのドラグンに同情なさるような、おひとよ、おっと、いけねえ、お優しいお方だからねえ。あの魔族の末裔とかいうヌルチェンの坊ちゃんに、太刀打ちできるかねえ」
すると、ウルスラの顔が上下して、ウルスが代わって発言した。
「ぼくもそれはちょっと心配なんだ。東廻り航路の再開が落ち着くまで、バロードが沿海諸国を支援すべきだと思う。例えば、そうだ、ファイムさんの弟であるツイムを一時的にカリオテに派遣するとかさ」
これにはギータも賛同した。
「わしもそれが良いと思うぞ。うむ。この際、途中経過の報告を兼ねて、スルージに先にバロードへ飛んでもらってはどうじゃ?」
ウルスも苦笑して頷いた。
「そうだね。そろそろ連絡を入れとかないと、クジュケが目を三角にして苛立ってるだろう」
スルージはその場で立ち上がった。
「合点承知でさ。そうと決まれば、今からでも跳躍しやしょう。じゃ、お先に御免なすって」
止める間もなく消えたスルージを庇うように、ラミアンが説明した。
「無理もないんです。本来風来坊のかれが、陛下たちが戻るまではと辛抱して、ここにずっと居たんです。しかも、不愛想なぼくの代わりに村人たちの気持ちを解してくれて」
ギータが「おお、風来坊と云えば」と声を上げた。
「ジェルマよ。今度こそ家に帰って親御さんと仲直りせねばのう」
が、ジェルマはプイッと横を向いた。
「これから面白くなりそうなのに、家になんか戻ってられるかよ」
その時、話し合いが始まってから一言も喋っていなかったゾフィアが、ジェルマに向かって声を荒らげた。
「いけません! 家に戻りなさい!」




