1332 遥かなる帰路(61)
翌朝、今度こそシャントンを送り届けたゾイアが戻って来ると、一行四人はダフィニア島まで一気に跳躍した。
上空で二つの防護殻が弾けると、周囲は闇に包まれていた。
「わっ。真夜中じゃねえか。これじゃ身体の調子がおかしくなっちまうぜ」
ゾイアの腕に抱かれたままジェルマが不平を溢すと、ウルスラに負ぶさっているギータも「全くじゃのう」と頷いた。
「ゴーストどのにお願いして、少し仮眠を取らせてもらった方がいいかもしれんな。ゾイア、どうじゃ、連絡は取れたかの?」
その返事はゾイアの喉から聞こえた。
「……着陸許可を得ました。間もなく発着場が海上に現れます」
ジェルマが「また意味わかんねえことを」と文句を言ったが、闇夜でもわかるほど下の海面が泡立って来た。
やがて巨大円筒の上部が水上に出て来て、天井部分が花弁のように開き、柔らかな光に照らされた内部が見えた。
「行くわよ!」
ウルスラが先行して降下し、ゾイアも続いた。
小さな城ならスッポリ入るぐらいの何もない円筒は、全体が燻んだ紅色の超合金でできている。
下の方は暗すぎて見えないほど深いところまで続いているようだ。
その間に、ゴゴゴゴッという大きな音がして天井が閉まった。
直後、円筒全体が下に向かって動き始めた。
ウルスラとゾイアは天井にぶつからないよう、それに合わせて下りて行く。
床が見えて来ると、動き出した時と同様、巨大な円筒は唐突に停止した。
床と天井の間隔は、人間の身長の五倍ぐらいしか離れていない。
ゾイアから床に降ろしてもらったジェルマは、胸を張って叫んだ。
「さあ、おいら戻って来たぜ!」
その声に応えるように、横の壁にスーッと縦に黒い線が走り、それが左右に拡がって、人が通れるくらいの隙間が開いた。
と、間髪を入れずゴーストが出て来た。
短い金属の手足を忙しく動かしながら、口に当たる小さな鉄格子から、珍しく弾むような声を出した。
「お帰り、ジェルマ!」
ゴーストの透明な頭巾のような頭部に透けて見える色とりどりの硝子玉が激しく明滅している。
ウルスラの背中から下りたギータが、「わしらもおるぞ」と苦笑した。
ゴーストも笑いながら「すまんすまん」と謝った。
「事の首尾は、一応黄金城から聞いた。が、まあ、一先ず、落ち着いてから話そう。時間の差で疲れただろう。何なら、少し寝るかね?」
が、ウルスラは首を振った。
「先にお話ししましょう。寝るのはその後でいいわ」
何か言おうとするジェルマの袖を、ギータが押さえた。
「まあ、もう少しの辛抱じゃ」
ゴーストも気遣って「例の部屋で飲み物でも出そうか?」と声を掛けた。
ジェルマは、「おいらそんなに我儘じゃねえぞ」と頬を膨らませたが、ウルスラが「ああ、それは有難いわね」と喜んだため、それ以上文句を言うのを止めた。
先に立って昇降機の方へ行こうとしたゴーストが、「おお、そういえば」と振り返った。
「ゾイアはその姿の方が似合うぞ」
二十代後半ぐらいの見かけになっているゾイアは、なんと返事をしたらいいのかわからぬようで、含羞むように微笑んでいるだけだった。
リフトが下に着くと、ゴーストが先に出て、ジェルマ、ウルスラ、ギータ、ゾイアと続いて降りた。
沈没前のダフィニア島を再現した立体虚像の町並みは、今は夜景であった。
外の時間経過に合わせているのだろう。
石造りの家の前まで来ると、ゴーストは短い腕を蛇腹のように伸ばし、鋏のような二本の指しかない手で扉の取っ手を引いた。
扉が開くのに連動し、薄暗かった室内がパーッと明るくなった。
床も壁も天井も白っぽい半透明の素材でできており、室内を照らす灯りは、その素材自体から発せられている。
広さは普通の家族が使う居間ぐらいだが、中には家具も何もない。
真っ白な空箱のような状態である。
ゴーストは、奥の白い壁に向かって叫んだ。
「許可番号8823! テーブルを一台、各自の体格に合わせた椅子を要求する!」
床が盛り上がってテーブルと椅子ができた。
四人が椅子に座ると、身長に合わせて高さが微調整された。
更にゴーストは四人分の飲み物を壁に命じた。
「許可番号8823! 子供用の果物を絞った汁を二杯、薬草茶を一杯、珈琲を一杯、要求する!」
飲み物が出て来ると、ゴーストは、ウルスラとジェルマにジュースを、ギータにハーブティーを、ゾイアにコーヒーを供した。
が、互いに相談し、ウルスラとギータは飲み物を交換した。
ジェルマは「ちぇっ、大人ぶりやがって」と小声で呟いたが、ゾイアの真っ黒な飲み物と交換するのはさすがに諦めた。
そのゾイアはコーヒーを一口飲んで「ああ」と吐息を漏らした。
「懐かしいです」
それが以前ダフィニア島を訪問した時のことなのか、それとも前世の記憶のようなものなのか、本人にもわからぬようで、瞑想するように半眼で味わっている。
皆が一通り喉を潤したところで、ウルスラからウルスに交代し、ゴーストに東廻り航路の再開について説明した。
「……ということで、今後は全面的に開放してください」
ゴーストは、暫く透明な頭部の中の硝子玉を明滅させてから、ゆっくりと応えた。
「決めるのはおまえたちだ。そのようにしよう。但し、わしの方から一つ提案がある」
「何でしょう?」
「黄金城の言う理屈はわかるし、わしにその決定を覆すような権限はない。だが、今後の航海の安全を見守るためにも、海上にダフィニア島の一部だけを常時出して置こうと思う。そうだな。ダフィーニョ島とでもするか」
ジェルマは「え、何のためだよ?」と聞いたが、ウルスは笑って「ありがとうございます」と礼を言った。
「ぼくのハッタリを裏付けるためですね?」
ゴーストも笑った。
「そういうことだ。いつでも閉鎖できるぞ、と思わせることが重要だからな。それに、この辺りは海が荒れることが多いから、海難事故の救助もしようと思う。わしだって、まだまだ働けるからな」
ジェルマが「あっ」と声を上げた。
「だったら、おいらも手伝うよ」
しかし、ゴーストは少し沈んだ声で告げた。
「ありがとうよ、ジェルマ。だが、一度親許へお帰り。きっとお父上は、首を長くして待っておられよう。たとえいがみ合っていたとて、家族は家族だ」
ジェルマが鼻を鳴らして言い返そうとした時、ゾイアが立ち上がって叫んだ。
「ナターシャ!」




