1331 遥かなる帰路(60)
南都ファンクァン沖の無人島では、ウルス、ギータ、ジェルマの三人が夕食の準備をしていた。
焚火の周りに魚を刺した串が並べられ、旨そうな匂いが辺りに漂っている。
それを眺めながら、ギータが皺深い顔を綻ばせた。
「枯れ枝を集めて待っておれと言われた時には半信半疑じゃったが、短時間でよくぞこれだけ釣れたものじゃ。ここだけの話、留守番にジェルマが残っておれば、あんなに飢えることもなかったのう」
ジェルマは得意げに小鼻をうごめかせた。
「へへっ。おいらずっと一人であちこち放浪してたから、食べ物を手に入れる方法は色々知ってるんだ。でもさ、正直に白状すると、このピスキスの半分はウルスが獲ったのさ。本当に、王さまにしとくにゃ惜しい人材だぜ」
ウルスは苦笑した。
「誉め言葉だと受け取っておくよ。あっ、あれは何だろう?」
最後の言葉は夕空を見てのものであった。
沈んだばかりの夕日の残光の中に、キラリと光るものが見えている。
「宵の明星じゃろう」
ギータの言葉をジェルマが否定した。
「違うぜ! どんどんこっちへ来てる!」
点はみるみる大きくなって燻んだ紅色に輝く円盤となった。
その底面には色とりどりに明滅する半透明の陶板のようなものが見えている。
心なしか、美しい音楽も聞こえるようだ。
ギータは感激したように叫んだ。
「おお、間違いない、これは黄金城じゃ!」
円盤は空中で停止すると、縦に回転して上下が逆さまになり、構造物のある部分が下を向いた。
ウルスはもっと詳しく見ようと目を細めている。
「やっぱり、魔道師の都だった頃のエイサの塔に似てるね。っていうより、地下の古代神殿そっくりだ」
と、一際大きな中央の尖塔の屋根が、花弁のように開いた。
そこから円筒状の青い光が三人の前まで放射され、脈打つように明滅したかと思うとスッと消滅し、二人の人影が残された。
若者ゾイアとシャントンである。
「なんでシャントンまで戻って来たんだよ!」
ジェルマが文句を言った時には、円盤は身を翻して西の空へ飛び去った。
ジェルマの問いに答える前に、シャントンは焚火の方へ走り出していた。
「話は後だあよ!」
珍しく、ギータが同意した。
「そうじゃな。せっかく焼けておるから、食べながら話を聞こう」
焼けたピスキスを分け合って食べながら、主にゾイアが、時々シャントンが合いの手を入れつつ、ボサトゥバの座所へ黄金城が飛来した経緯を説明した。
東廻り航路を開放するか閉鎖したままにするかという件まで来ると、ギータが「うーむ」と唸った。
「究極の二者択一じゃな。やはり世の中は、そうそうこちらの都合どおりには行かぬかのう」
ジェルマが鼻を鳴らした。
「何暢気なこと言ってんだよ。あのおっかない皇帝に開放するって約束したんだぜ。今更、できませんなんて言えるかよ。それこそ戦争にならあ」
ところが、この案の提唱者であるはずのウルスだけは、ニコニコ笑って聞いている。
シャントンが訝しげに聞いた。
「どうしただあ、王さま? あまりのことに気が動転して、変になっちまっただか?」
ウルスは苦笑して首を振った。
「そうじゃないよ。あまりにもラミアンの予想どおりだから、びっくりしちゃったんだよ」
ゾイアが生真面目表情で聞いた。
「どういう意味ですか?」
ウルスは困ったように「本当はあんまりペラペラ喋らない方がいいって言われてるんだけど」と断ってから説明した。
これは姉さんが眠っている時にラミアンと話したことだから、姉さんにも初めて打ち明けることなんだ。
ああ、勿論悪気があってしたことじゃなくて、最初は偶々そうなったんだけど、ラミアンが時期が来るまで姉さんにも内緒にした方がいい、って言ったんだよ。
抑々姉さんは、東廻り航路の再開自体に反対だったからね。
でも、ぼくは産業の発展とか考えて、再開した方がお互いに得なのになあって言ったんだ。
するとラミアンは、その方がいいけれど、一旦再開させたら、簡単には元に戻せないだろう、って言うんだ。
それだと、向こうの気が変わって攻めて来られると困るねとぼくが心配すると、ラミアンはこう言ったんだよ。
『そこは、向こうにはいつでも閉鎖できるように言うのです』
『え、嘘吐くの?』
『嘘ではなく、ハッタリですよ。博打などで使う常套手段です』
『でも、バレたら、どうする?』
『バレません。実際、どういう仕組みで閉鎖されているのかわかりませんが、その鉄壁さは向こうも身に沁みているはず。敢えて危険を冒す程の利益がないことをわからせればいいのです』
『大丈夫かな?』
『大丈夫です。少なくとも、開放によって多大の利益があるとわかれば、向こうから閉鎖しないでくれと言ってきますよ。要は、どっちが得か、理解させればいいのです』
『わかった。やってみるよ』
と、いうような話し合いだったんだよ。
だからぼくは、なるべく自信たっぷりに皇帝に言ったのさ。
聞き終わったギータが声を上げて笑い出した。
「確かにのう。ウルスは、王さまにするには惜しい人材じゃな」
ジェルマも「だろ?」と同意し、シャントンも「さすがだべ」と感心したが、ゾイアだけは不安そうに聞いた。
「女王陛下はご納得されたのでしょうか?」
ウルスの顔が上下し、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
「気にかけてくれてありがとう。わたしも心配は心配だけれど、国同士の関係が力ではなく、利害で動く方がまだマシな気がするわ。それに、本当に危険な時には、あなたがいるし」
そう言って微笑むウルスラを、ゾイアは涙を浮かべて見つめていたが、その唇は「ナターシャ」と動いていた。




