1329 遥かなる帰路(58)
再会したボサトゥバは、ゾイアが会うべき相手は自分ではないと告げ、ゾイアもそれに同意した。
その瞬間、ボサトゥバの表情が変わった。
「おっ。発散していた未来が収束した。見えたぞ。うむ。皆で外へ出てみよう」
まだ訝しげに、「意味がわからねえだ」と首を傾げるシャントンの腕をゾイアが引いた。
「さあ、行きましょう」
ボサトゥバの座所のある岩山は平らな頂上が南に突き出しており、シャントンがおでこのようだと表現したとおりである。
その先端まで行くと、下界を一望できる。
三人の立つ岩山の裾野が尽きるところから徐々に緑が濃くなって行き、遥かな地平線まで緑の天鵞絨のように広がっていた。
ボサトゥバは「下ではなく、空を見てくれ」と二人に促した。
薄い雲が棚引く空を見上げると、キラリと光る点があった。
点はみるみる大きくなり、こちらへ近づいて来た。
それは燻んだ紅色に輝く超合金の円盤で、底面には色とりどりに明滅する半透明の陶板のようなものが見えている。
東の大海に浮かぶ『黄金城』と呼ばれていた、古代神殿の予備機構であった。
ボサトゥバの吐息が聞こえた。
「これで二度目だが、実に美しいな」
その間に、円盤は仰ぎ見るほどに近づいて来ていた。
空中で停止すると、縦に回転して上下が逆さまになり、構造物のある部分が下を向いた。
城の尖塔のようなものが、何本も突き出しているのが見える。
すると、シャントンが首を傾げた。
「ん? 何だか見たことあるものみてえな気がするけんど……。あっ、ひょっとしたら、黄金城だべか?」
ホーライ島で見た時とは、上下が逆さまとなっているため、シャントンは首を思い切り捻って見ている。
その時、一際大きな中央の尖塔の屋根が、花弁のように開いた。
そこから円筒状の青い光が出され、三人の前の地上まで届いた。
青い光の円筒は、脈打つように明滅している。
「こりゃ何だべか?」
シャントンの質問にボサトゥバが答えようとした時、ゾイアが「わたくしを呼んでいるような気がします」と言った。
ボサトゥバは笑顔で頷いたが、意外なことを付け加えた。
「そうだ。そして、シャントンもな」
驚いたシャントンが「えええっ、なんでおらも?」と聞くと、ボサトゥバは肩を竦めて見せた。
「理由は知らん。だが、わたしの見た未来では、二人が青い光の通路に吸い込まれていた。それは今も変わっていない。残念だが、今回もわたしは乗れぬらしい。さあ、行くのだ、シャントン」
「だ、だども、おら、ホーライ島の時は留守番だっただよ。それに、改めて見ると、なんだかおっかねえべ……」
躊躇うシャントンを他所に、ゾイアは引き寄せられるように青い光の円筒の方へ歩いて行く。
シャントンはもう一度ボサトゥバの顔を見ると、「はあ、しょうがねえべ」と溜め息を吐いてゾイアを追った。
その時にはもうゾイアは青い光の中に足を踏み入れており、すぐに姿が見えなくなった。
シャントンは泣きそうな顔で「ああ、神さま」と祈りながら、目を瞑って青い光の中へ飛び込んだ。
不意に身体の重さが無くなったようなフワリとした感覚に襲われ、シャントンは、自分がクルクルと上下左右に回転しているのがわかった。
「ひええええーっ!」
と、突然足が床に着いたような気がしたと思った時には、上下の感覚が甦っていた。
が、目を開けても、周囲は真っ暗である。
「どうなってるんだべ?」
その言葉に反応するように柔らかな照明が点き、シャントンが立っている床に三つの安楽椅子が見え、その一つには既にゾイアが座って笑っていた。
「どうぞ座ってください、シャントンさん。あなたの分も用意されているようですよ」
シャントンが恐る恐る空いている椅子に座ると、体形に合わせて変形した。
「あんれまあ、こりゃ楽チンだべな」
そう言いながらシャントンが横を見ると、いつの間にか残る一つの椅子に白い人影が座っていた。
「お、お化けだあ!」
白い影はヒラヒラと手を振った。
「そうではない。詳しい説明は省くが、南の海中にある宙港を保守点検している小型自律機械から連絡があったのだ。人工実存、つまり、おまえたちの云うゾイアが、大陸東部へ危険な使命を果たしに行くから、支援してくれ、とな」
シャントンは顔を顰め「チンプンカンプンだべ」と首を振ったが、ゾイアもまた困惑の表情であった。
白い影は「おお、そうだったな」と、珍しく人間的な声を出した。
「スペースポートの格納容器から検査の報告が来ていた。ゾイアの再起動が上手く行かず、記憶の一部が使用不能になっているらしいな」
堪りかねたシャントンが、「おらにもわかるように喋ってけろ」と割り込むと、白い影は笑うように揺れた。
「尤もだ。われら外の世界から来た者だけで話を進めぬよう、態々原住民を傍聴人に呼んだことを忘れていたよ。ああ、すまない。つまり、立会人として来てもらったのに、そのきみがわからないようでは困る。なるべく易しい言葉で話そう。ちょっと待ってくれ」
白い影が細かく震え、形が立体的になるのと同時に色彩が現れた。
白い長衣を身に纏った白髪白髯の老人の姿になると、「まあ、こんなものかな」と笑った。
「では、簡単に結論だけ言おう。われわれはこの世界に不必要な干渉はできない。所謂東廻り航路の閉鎖については、やむを得ない処置として認めたが、この世界の人間の判断として再開するのであれば、以後、二度と閉鎖はしない」
「それは困ります!」
叫んだのはゾイアであった。
シャントンも「んだよ!」と加勢した。
「再開した後にヌルサン皇帝の気が変わったら、大変なことになるべ。だからウルスさんは、もし、皇帝が軍船を通過させたら、すぐに閉鎖させるぞって、脅したんだあよ」
白髪白髯の老人は首を振った。
「そのような恣意的な介入をすれば、ああ、いや、そんなご都合主義で何度も開け閉めしては、この世界の秩序を乱すことになる。選択肢は二つだ。閉鎖したままか、開放したままか、選べるのはどちらか一つだ」
ゾイアもシャントンも言葉を失った。
(作者註)
黄金城については、892 黄金城の秘密(1) ~ 901 黄金城の秘密(10)を、また、円盤形態となった黄金城については、968 叡智との遭遇(1) ~ 972 叡智との遭遇(5)をご参照ください。




