1322 遥かなる帰路(51)
恩讐を越えて同盟しようという魔女ドーラの提案に、マオール帝国第四代皇帝ヌルサンは長考の末同意したが、条件があるという。
多少疲れて来たのか幻影を時々掠れさせながら、ドーラは訊いた。
『どのような条件じゃ?』
自分が言い出したのに、ヌルサンは暫し返事を躊躇っていたが、大きく息を吐いてから答えた。
『おまえが憎んでいるという、その孫娘のことだ』
『ほう。人質に取って、バロードに揺さ振りを掛けるつもりか?』
『ある意味そうだが、人質ではない』
ドーラは首を傾げた。
『意味がわからぬ。ハッキリ言うてくりゃれ』
ヌルサンはもう一度深呼吸し、やや早口に告げた。
『后に迎えたいと思っている』
『な、何じゃと!』
驚愕のあまりドーラの幻影は一旦消え、すぐ再び現れたものの不安定に揺れ動いている。
一方、ヌルサンは開き直ったように『説明してやろう』と胸を張った。
おまえも知ってのとおり、朕の祖母は魔族の生き残りであった。
出生率の低いことで知られる『失われた種族』の中にあっても、長命族に次ぐ低さだそうだ。
その祖母は、おまえに復讐したいという執念のみで父を産み、その成長を見届けることなく死んだ。
父もまた、妻妾一万人を超える後宮を持ちながら、僅か九名の男子しか生まれなかった。
が、ここにも実は虚偽がある。
初代皇帝ヌルハンが最初に統一した北朝には、有力な氏族が八家あった。
それぞれが元は小国の王家であったそうだ。
その協力を得て南北を統一したヌルハン帝は、八家を諸侯に任じて領土を分け与え、ある程度の自治を認めた。
ヌルハン帝の指名によって、並み居る皇子たちを差し置いて父が三代皇帝となった時、当然のことながら八家から反対の声が上がった。
皇帝の絶対権威でそれを抑えながらも、反感が燻ぶらぬよう、八家それぞれから后を迎えた。
そして、同じ年に八人の男子が誕生したのだ。
他の一万人の妻妾が誰一人として子を産んでいないのにだ。
わかるか、魔女?
ああ、そうだ。
この全員が父の胤であるはずもない。
或いは父は、全員が違うとさえ思っていたかもしれぬ。
しかし、誓って言うが、朕は父の実子だ。
恐らく末子のチェンもそうだ。
ともかく、父はそれでも八家を味方にできる方が良いと考えたのだ。
たとえ実子であってもマギア族の血が半分になるから、自分の方が長生きできると思っていたのだろう。
ところが、その長命を保つために飲んだ仙薬が徒となり、父は頓死した。
いや、毒殺ではないよ。
それは徹底的に調べられたからな。
だが、まあ、どちらでも同じことだ。
後継指名がないままに父が死んだ以上、本来なら実子である朕が即位するのが道理だが、なかなかそうは行かなかった。
朕の母の実家であるタン家は、八家の序列では三番目だからな。
だから、ヌルイーやヌルアルを殺すことに何の躊躇もしなかった。
その後、残る五人の弟が同盟して立ち向かって来たが、容赦なく潰した。
八家についても、タン家以外の七家は身分を降格させ、所領も小さくした。
が、そのままではいずれ叛乱を起こすだろうから、融和策として各家から后を迎えた。
尤も、父の轍を踏みたくないから、後宮へ朕以外の男子が忍び込まぬよう、専任の東方魔道師を大勢配備し、厳重に護らせている。
おお、前置きが長くなったな。
本題はこれからだ。
父ほどではないが、朕の妻妾も数千名はいる。
が、未だに一人の子も生まれていない。
ああ、女子もだ。
朕が殺した兄弟たちは全て子がいたから、そのことからもマギア族の血筋でないことは明らかだ。
勿論喜んではいられない。
朕に今万一のことがあれば、帝国は崩壊してしまう。
実は、先程から話に出ている末子チェンを現在幽閉しているのだが、痛めつけてもいいが、絶対に殺すなと命じてある。
どうしても実子が生まれなければ、チェンを養子にするしかないからな。
しかし、できれば自分の子が欲しい。
そうして悩んでいる最中におまえが現れたのだ。
おまえたち両性族は、『失われた種族』の中では霊癒族に次いで出生率が高い。
また、混血が進んでいる他種族と違い、おまえはその原種であり、夫となったバローニャ公ピロスはおまえ自身の子孫だ。
で、あれば、孫は極めて原種に近い。
どうせ子を儲けるのなら、優秀な子が欲しいからな。
朕の知る限り、『失われた種族』同士から生まれた子はその両種族の能力を、或る程度は併せ持つという。
当然、寿命も普通の人間との混血よりは長い。
どうだ、魔女、悪い話ではなかろう?
聞かれたドーラは俯いて「ウルスラはまだ十四歳じゃぞ」と呟いたが、顔を上げた時には笑顔であった。
『喜んでそのようにさせていただきまする。では、吉報を待たれよ』
笑顔のままドーラの幻影は消えた。
満足げに頷いたヌルサンの前で、這い蹲っていた秘書官が茫然とした顔で起き上がった。
『わ、わたくしは何をしていたのでしょう?』
ヌルサンは顔を顰めると、衛兵を呼んで命じた。
『この不届き者の首を、直ちに刎ねよ!』
ウルスラ(表面上はウルス)を含む一行が帝都ペイアンに到着したのは、その翌々日であった。




