1320 遥かなる帰路(49)
結局、目立つギータとシャントンはこの無人島に残し、四人で帝都ペイアンへ向かった方がいいだろう、ということになった。
そこで、リーロメルが四人の設定を説明した。
女王陛下には申し訳ありませんが、十代半ばの中原の女性がマオール帝国内を出歩く、などということはあり得ません。
お聞き苦しいでしょうが、逃亡した奴婢と見做され、すぐに逮捕されてしまいます。
ウルス陛下のお姿で、見習い魔道師の恰好をしていただき、わたくしの内弟子ウルメルということにします。
ジェルマ氏については、マオールでは未だに長命族に対する迷信が残っておりますから、決して悟られぬよう、歳相応に振舞ってくださいね。
一番肝心なのは、ゾイアどのです。
心は変えられなくとも、変身はできるでしょうから、所謂獣人将軍のお姿になってください。
ああ、甲冑などは要りませんよ。
それどころか、下帯一丁で結構です。
さて、筋書きはこうです。
任務に失敗し、逃亡を図ったわたくしですが、とても逃げきれぬと判断し、マオールへ戻ってヌルサン陛下に生命乞いをしようと考えました。
しかし、手ぶらでは帰れません。
そこで、内弟子ウルメルに手伝わせて獣人将軍ゾイアを捕らえ、陛下に献上して赦してもらうことにしたのです。
無敵の獣人将軍にも弱点があり、それが隠し子の存在でした。
かつて沿海諸国を旅した時に現地の女と懇ろになり、密かに子供を産ませていたのです。
それが、ジェルマという五歳児です。
え?
歳が合わない?
大丈夫です。
マオールでは、ゾイアどのの詳しい情報など誰も知りません。
獣人将軍ゾイアとは、人相の悪い大男で、怒ると怪物に変身して暴れ回り、そのくせ狡賢くて人をよく欺き、更に英雄色を好むの例に漏れず女好きで、手当たり次第に女を手籠めにする卑劣漢、ということになっています。
いえいえ、わたくしが言っているのではありませんよ。
あくまでも世間の噂話です。
いいですか?
続けますよ。
そんな傍若無人な獣人将軍も女王陛下には頭が上がらず、早く妻を娶って落ち着くように命じられたものの、隠し子の存在を知られては一大事と、手切れ金を渡して親子の縁を切るために沿海諸国へ来たのです。
獣人将軍ゾイアがわが子であるジェルマに因果を含めているところを、網を張っていたわたくしとウルメルが協力し、見事に親子共々捕らえました。
こうして晴れてヌルサン陛下の許へ帰る手土産ができたわたくしは、大手を振って帝都ペイアンを目指すのでした。
こんなところで、如何でしょうか?
リーロメルの話が終わった途端、ジェルマが鼻を鳴らした。
「思ったとおりだ。話ができすぎてらあ。なんだかんだお為ごかしなこと言ってるが、結局はおいらたちを騙くらかして皇帝に取り入り、てめえだけ助かろうって魂胆だな。おいら、そんな見え見えな罠には、かかんねえぞ!」
皮肉な笑みを浮かべて黙っているリーロメルの代わりに、ギータが応えた。
「もし、リーロメルがわしらを騙すつもりなら、ここまであからさまには言わんさ。これはあくまでも、皇帝に近づくための反間苦肉の策じゃろう。ウルスラはどう思うた?」
ウルスラは肩を竦めた。
「正直、わからないわ。この人は、最初に出会ったとき、自分には倫理観がないと自慢していたのよ。確かにゾイアのお蔭で真人間になったはずだけれど、そういう演技をしているだけかもしれない。人の心の中まではわからないもの。でも、ハッキリしているのは、皇帝と直接会う方法は他にない、ということよ」
すると、ゾイアが「ぼくはこの人を信じます」と発言した。
「ぼくにも理由はわかりません。でも、信じていいと思います」
ジェルマは首を振り、「おいらは信じねえ」と言ったが、すぐに続けた。
「信じねえからこそ、おいらも一緒に行かなきゃならねえと思う。だから、行くこと自体には反対しねえよ」
ギータと共に残されることになるシャントンが手を挙げた。
「おらもこの人は信じねえけんど、ゾイアさんが付いてりゃ間違えねえだよ。それより、行く前に腹拵えしねえだか?」
そう言いながらシャントンの腹が鳴り、緊張が漲っていた他の五人もフッと和んだ。
「おお、そうじゃな。一先ず、皆で朝食兼昼食としようかの」
その頃、ゾイアたち一行が目指す帝都ペイアンの皇禁城では、ちょっとした騒ぎが起きていた。
『朕に会いたいという者が来ているのか?』
高い玉座の上から物憂げに問うたのは、皇帝ヌルサンである。
その前で、床に這い蹲るように平伏している秘書官は、少し震える声で言上した。
『ははーっ。怖れながら、皇禁城の警護を担当しておる東方魔道師から、中原に帰化した親戚を通じて打診があり、某に相談に参ったのですが、その時には既にその本人が来ておりまして』
『職務怠慢だな。その東方魔道師は処刑せよ。以上だ』
秘書官は慌てて顔を上げた。
『その相手というのは』
が、皇帝は煩そうに顔を背けた。
『誰であろうと、そのような無礼者には会わぬ。追い返せ』
『そうは行かぬぞえ』
そう言いながら秘書官の背中の上に姿を現したのは、魔女ドーラであった。




