1319 遥かなる帰路(48)
リー族が皇帝に中原の刺客を推挙したというシャントンの話を聞いて、ゾイアより先にギータが反応した。
「おお、恐らくその刺客とは、リーロメルじゃろう。と、すれば、リー族が焦っておる理由も見当がつく。ところで、おぬしはヌルチェンの消息は聞いておるか?」
「んだ。皇帝に取っ捕まったちゅう噂だべ。と、すりゃ、帝都ペイアンの政治犯牢獄に違えねえだよ」
「ペイアンか。うーむ。警備が厳重であろうのう」
考え込むギータに、ジェルマが反発した。
「何ビビッてだよ! そんなの最初からわかってるじゃねえか。ともかく向こうへ行って、脱獄させる方法を考えようぜ」
と、黙っていられなくなったのか、ウルスの顔が上下して瞳の色が変わった。
「駄目よ! あなたのお友達を強引に奪い返しても問題は解決しないわ。ヌルサン皇帝に東廻り航路再開を諦めてもらわないと。何だったら、直接わたしが交渉してみるわ」
シャントンが「あんれまあ!」と驚いて立ち上がった。
「やっぱり女の子だったべか?」
殆ど全裸に近いシャントンから目を背け、ウルスラは早口で「お願い、ギータ。代わりに話して」と頼んだ。
「おお、そうじゃな」
ギータが簡単に事情を説明すると、シャントンは「んだべかあ」と感心しつつも、首を振った。
「たとえあんたが女王さまでも、はあ、皇帝はうんとは言わねえべさ。それどころか、あんたを人質にとってバロードを強請るだけだあ。何しろ皇帝は魔族の子孫だべ」
ジェルマが「あ」と声を上げた。
「ご先祖さまの回顧録にあったぜ。マギア族は両性族を恨んでるってさ」
「だったら猶更だべ。ヌルチェンさんを救けるどころか、あんたも捕まるだけだあ。ペイアンには、東方魔道師だけでも一万人いるだよ」
「ぼくが行きます」
そう言ったのはゾイアである。
「まだハッキリ思い出すことはできませんが、全ての責任は東廻り航路を封鎖してもらったぼくにあると思います。先ずヌルチェンという人を救出し、次に皇帝という人を説得してみます」
その時、上の方から「それは逆ですね」という声が聞こえた。
驚いた五人が見上げると、朧に空気が揺れて金髪碧眼の若い魔道師が姿を現した。
「おお、噂をすれば何とやら。リーロメルじゃ」
ギータの声に頷くと、リーロメルは皮肉な笑みを浮かべながら「そちらへ下りてもいいですか?」と尋ねた。
が、シャントンが引き攣った顔で「思い出しただあ」と呻くように言った。
「例の皇帝の刺客と同じ名前だべ」
ギータが「そうではあるが、心配は要らぬ」とシャントンを宥め、上に向かって「良いぞ!」と答えた。
リーロメルは「では、参ります」と断ってから、まだ燃え続けている焚火を避け、ゆっくりと地上に降り立った。
相手を怖がらせぬように気を遣っているのだろう、普通に微笑みながら挨拶を述べた。
「こうしてまた、みなさまとお会いすることになるとは思ってもみませんでした。おお、ゾイアどのはまた一段と幼くなられたのですね?」
ゾイアは少し含羞みながら頷いた。
ジェルマが小声で「胡散臭えやつだな」とギータに囁いたが、ギータは苦笑しただけで否定はしなかった。
聞こえたはずのリーロメルは気にする風もなく、ペイアンの牢獄でヌルチェンに会った経緯を話した。
「ですので、もしゾイアどのが救けに行かれたとしても、ご本人がお断りになるでしょうね。そこでわたくしは、先にそれをゾイアどのにお知らせすべく、居場所の情報を求めてリー族の集落に潜入しました。勿論裏切者と思われているでしょうから、隠形してです。ところが、行方を晦ませたシャン族の区長を捜さねばと、蜂の巣をつついたよう騒ぎとなっており、とても聞き出せそうにありません。しかし、ふと、その区長こそ、ゾイアどのの友人であることを思い出したのです」
「じゃが、よくこの島におるとわかったのう?」
ギータの問いに、リーロメルは肩を竦めた。
「海へ逃げたらしいと聞いたので、上空から偵察しておりましたら、バラバラになった小舟の残骸を発見しました。後は潮の流れを読み、ここへ辿り着いたという訳です」
リーロメルとギータのやり取りを苛立ちながら聞いていたジェルマが、口を挟んだ。
「ヌルチェンが逃げたくないとしても、このまま放っといたら殺されちまうぜ。どうするんだよ!」
リーロメルはまた皮肉な笑みを浮かべた。
「先程女王陛下が仰ったとおり、直接ヌルサン陛下と会って交渉するしかありません。但し、行くのはわたくしとゾイアどのだけです」
「そんなの信じられるかよ! 上手いこと言って、ゾイアを皇帝に売りつけるつもりじゃねえのか?」
リーロメルの口角がキューッと上がり、ジェルマに顔を近づけた。
「ならば、あなたもご一緒にどうぞ。見たところ長命族のようですね。ヌルサン陛下が涎を垂らして喜ばれるでしょう」
「な、何だとこの野郎!」
ギータが割って入り、「よさんか、二人とも」と告げたところで、ウルスラが宣言した。
「わたしも行きます。だって、交渉は権限のある者同士でないと纏まらないわ。ゾイアは子供だし、リーロメルは皇帝の元部下、このうるさい子に至っては全くの部外者だわ。わたしは、バロードの女王なのよ!」




