1318 遥かなる帰路(47)
南都ファンクァンの沖にある小さな無人島に到着したゾイアたちは、遠くから呼び掛ける声を耳にした。
『おーい、誰かいるだかーっ! いるなら、返事をしてくれろーっ! おらを救けてけろーっ!』
ギータがハッとしたように「あの声は」と呟いた。
「シャントンのようじゃ」
マオール語を知らないウルスラが「何て言ってるの?」と尋ねると、ギータではなくゾイアが答えた。
「救けを求めています。ぼく、行って来ましょうか?」
が、ギータが首を振った。
「罠かもしれん。行くなら、知り合いのわしじゃろう」
すると、ジェルマが「おいらも行くよ」と志願した。
「ギータのおっさん一人じゃ危ねえよ」
負けじとウルスラも「わたしも行くわ」と言ったため、結局全員で移動することになった。
空はまだ暗く、普通の人間には見え辛いため、夜目が利くゾイアが先頭を歩いて行くことにした。
その間にも、シャントンと思われる声は『おーい、誰か救けてけろーっ!』と繰り返している。
歩くにつれ、磯の香りが強くなって来た。
「海岸の方ですね」
ゾイアの言うとおり、岩に打ちつける波の音がハッキリ聞こえて来た。
『誰かいねえだかーっ! おら、死にそうだべーっ!』
丈なす草叢を抜けると、一行の目の前にゴツゴツした奇岩が立ち並ぶ磯が見えて来た。
夜明け前の暗さでも、激しく岩にぶつかった波が白く砕け散っているのがわかる。
「どこじゃ?」
背の低いギータが精一杯伸びをして覗くと、波間に浮かぶ木の葉のような小舟が見えた。
いや、小舟ではなく、残骸らしい板切れである。
その板切れに、小太りな男がしがみついている。
「おお、間違いない、シャントンじゃ!」
ギータがそう言った時には、ゾイアの片腕がグーッと伸びて波間に漂うシャントンに手を差し出していた。
『掴まってください!』
マオール語で呼びかける間に、もう一方の腕を手近の岩に巻き付けた。
『わかっただよ!』
シャントンは板切れから手を離し、ゾイアの手に飛びつこうとした。
が、その時大きな波が押し寄せ、シャントンの身体ごと攫って行った。
「あああっ!」
ウルスラが悲鳴のような声を上げたが、ゾイアの腕は更に伸び、水中を探っている。
ジェルマも心配そうに「ゾイア、そんなんで見つけられるのか?」と聞いた。
「水中なので、掌から音を出し、その反響を読み取っています。あ、いました!」
ゾイアの伸びた腕が急速に縮み始め、その先に搦め捕られたシャントンの身体が水中から引き揚げられた。
が、ゾイアは緊迫した声で告げた。
「呼吸をしていないようなので、蘇生術を施します」
両手でシャントンの胸を律動的に圧迫し、口から息を吹き込む、という手順を繰り返した。
その間、ウルスラがシャントンに向かって手を翳し、癒しを行っている。
それでも、なかなか意識を取り戻さない。
ゾイアは「衝撃を与えてみます。みなさん、離れてください!」と警告すると、自分の両手の掌を擦り合わせた。
と、パチパチという音と共に、掌の間に火花が飛んだ。
「行きます!」
そう叫ぶと、両方の掌を少し離してシャントンの胸に置いた。
ビクンと身体が反り返り、シャントンの口から海水が吐き出された。
「げほっ! げほっ!」
ギータが「おお、息を吹き返したぞ!」と喜びの声を上げると、シャントンが虚ろな目を開いた。
「……ギータ、さん?」
中原の言葉で問うと、ぼんやりした表情で周囲を見回した。
「おら、中原まで流されたのかや?」
「違うわい。ここはまだファンクァンの目と鼻の先じゃ。取り敢えず、そのままでは風邪をひく。海風の当たらぬ場所で焚火をしよう。皆も手伝うてくれ」
焚火の準備ができた頃には、すっかり夜が明けていた。
ゾイアが指先に息を吹きかけて点火すると、シャントンが首を傾げた。
「そこのちっこい坊やが誰かに似てるだなあと考えていたども、目の色を見てわかっただ。ゾイアさんにそっくりだなや」
ギータが笑って「そっくりどころか、本人じゃ」と教えると、シャントンは驚いた。
「あんれまあ、変装かね。あ、いや、変身だね。確かに子供の姿の方が目立たねえだな」
ギータは一瞬どう答えようか迷ったようだが、小さく首を振った。
「事情は後でゆっくり説明しよう。ともかく、一応わしの仲間を紹介して置くが、ゾイアと同じ年頃に見えるのがジェルマ、もう少し大きな少年がウルスじゃ」
因みに、シャントンの服を乾かすためには脱がせなければならず、その前にウルスラはウルスと交替していた。
「あれ? 最初見た時は女の子のような気がしただよ。まあ、海の水飲んで頭がボーッとしてたのかもしれねえけんど。あ、申し遅れただ。おら、シャントン。今はファンクァン自治区の区長をやってるだあよ」
ギータは「ほう、出世したのう」と感心した。
「しかし、その区長が、何故海で溺れておったのじゃ?」
シャントンは何か思い出したのか、ブルッと震えた。
「リー族のやつらだあよ。皇帝からの命令で、東廻り航路が通れなくなった事情を知っている人間を捜せという通達があったのは知ってたけんど、おらのことは除外されてると思って油断してただよ。ゾイアさんがそうしてくれたかんね。けんど、リー族は何か失敗があって焦ってたみてえで、おらを捕まえようと襲って来ただ。おら、小舟に飛び乗って逃げたけんども、難破しちまっただよ」
「リー族?」
聞き返したのはゾイアであった。
「んだ。おらと同じ南人だども武闘派で、以前ゾイアさんたちが来た時に火矢を射掛けて来た連中だあ。ところが、皇帝が宥和政策になった途端掌を返して、皇帝側に付いておらたちを支配しようと企んでるだ。噂じゃ、以前中原の凄腕の刺客を皇帝に推挙して、たんまり褒美をもらったらしいだよ」




