131 来訪(2)
「ええっ、それじゃあ、アルゴドラス聖王も、ぼくらのように」
今度こそ本当に寝台から立ち上がってしまい、ウルスは眩暈を起こして、頭を押さえてフラフラとしながら、また座った。
「これこれ、無理をするでない。何なら、横になるがよい」
老人に勧められて、ウルスは素直に体を横たえた。
「ありがとうございます。ぼくは大丈夫です。お話を続けてください」
老人は寝台に近づき、ウルスの顔を見て微笑んだ。
「良い子じゃな。あの生意気なアルゴドラスの子孫とは思えんよ。あやつは傲岸不遜であった。まあ、その代わり、女身のアルゴドーラは優しく、美しかったがの」
老人は遠くを見るような目で話し始めた。
さて、両性族は、男女両方の特徴を持つだけでなく、知力も理気力も常人を遥かに凌ぐ。
アルゴドラスは、自分の国を創るや否や、忽ち中原を制覇したんじゃ。
おまえたちは、北方に住む者たちを蛮族などと云うが、かつてのわしらから見れば、中原全体も蛮族よ。
アルゴドラスは中原の覇者として生涯を終え、その聖王国は子孫に引き継がれた。
しかし、アンドロギノス族の血はどんどん薄まり、それと共に、次々と凡愚な王が出るようになって国力は落ちた。
遂には、千年に及ぶ戦乱の世を招いてしまったんじゃ。
恐らく、それを憂いたアンドロギノス族の直系の子孫が、王家の血の入れ替えを画策したのであろう。
その結果が、先王カルスであり、おまえたちさ。
尤も、最初何も知らなかったカルスは戸惑い、それを隠していた。
また、それができる能力を持っておった。
おまえも瞳の色や顔の輪郭を変える程度のことはできるじゃろうが、カルスは完全に男女どちらにも変身するのだ。
更に、女身のカンナになった時には、人間以外のものにも変われる。
カルボン卿の謀叛の際には、コウモリに変身して天窓から逃げたようじゃ。
しかし、せっかく生き延びたにも拘わらず、あまりに激しい復讐心のため、闇に堕ちてしまった。
禁じられている外法の魔道を使い、おまえも知っておるように、蛮族の帝王となった。
カルスは中原に災厄を齎す存在となったのだ。
おまえたちはそれを止めねばならん。
簡単なことではないぞ。
王女の決心は推測しておるが、それは、自らの生命を危険に晒すことになる。
それでも、やるのかの?
ウルスは横になったまま顎を引き、顔を上げた時には、瞳の色が変わっていた。
その後、寝台の縁を掴んで、何とか半身を起こした。
「ええ。このまま戴冠することはできません。わたしは、もう決めたのです」
静かだが、きっぱりと言い切った。
老人はフッと口元を緩め、「アルゴドーラに生き写しじゃな」と呟いた。
「よかろう。邪魔はせぬ。じゃが、もし、本当に困った時には、わしの名を呼ぶがいい」
「わかりました。そう致します。それで、あなたさまのお名前は?」
老人は苦笑していた。
「あまりにも長い年月の間、様々な偽名を名乗ったが、自分で本名を言うのは、何百年ぶりじゃろう。わしの名は、サンジェルマヌスじゃよ」
ウルスラは「まあ!」と声を上げた。
「あなたが伝説の大魔道師、サンジェルマヌスさまなのですね」
「ふん。伝説かどうかは知らんが、外典の『大魔道師列伝』の中にわしの名があるようじゃな。内容は出鱈目じゃが。ところで、おまえは跳躍術はできるのかの?」
「ええ。一通り、ケロニウスさまに手解きは受けました。でも、焼き討ちされた際に、エイサに遺されていた座標は、全て破壊されたみたいです」
「そうじゃろうな。では、一つ、座標を教えておこう。記憶せよ」
サンジェルマヌスは、長い数字を述べた。
ウルスラは目を瞑って頷き、「記憶いたしました」と告げた。
サンジェルマヌスは、威儀を改めた。
「さて、王女よ」
「はい?」
「時の流れの狭間で長々と説明したが、因果を乱さぬために、一旦は全て忘れてもらうことになる。わしの名と座標だけは必要な時に思い出すようにして置くがな。ああ、それから、元気が出るように、少し理気力を補填してやろう」
「えっ、お待ちください! まだ、お聞きしたいことが……」
ウルスがスープを呑み込むのを見届けた女官は、首を傾げた。
「一瞬、王子さまの目の色が違って見えましたけど」
ウルスは「気のせいじゃないの」と軽く躱した。
「それより、少し食欲が出てきたみたい。黒パンも少し貰っていいかな?」
「まあ、どうぞ、お好きなだけ」
ウルスは、小さく千切ってもらった黒パンをスープに浸しながら、どうして急に食欲が戻ったのだろうと、訝っていた。




