1315 遥かなる帰路(44)
拉致監禁されているらしいヌルチェン皇子を救うため、ゾイアと共にマオール帝国へ行くことを主張していたウルスラが急にそれに反対したため、ジェルマが怒り出した。
「何だよ! 自分が一緒なら、こんな五歳児のゾイアでも大丈夫だって言ったのは、どこのどいつだよ!」
ウルスラも負けずに言い返す。
「あなた聞いてなかったの? ゾイアの心に不具合があって、それがさっきの爆発の原因だって言ってたじゃない。今のゾイアの状態が保たれるならまだしも、マオール帝国へ行ってから異常が起きたら、あなたのお友だちだけじゃなく、みんな戻って来れなくなるのよ」
「じゃあ、このままヌルチェンを見捨てろってのか?」
「そうじゃないわ。闇雲に行くんじゃなくて、何かちゃんとした対策を考えるべきよ」
二人を宥めるようにギータが割って入った。
「まあ、待つんじゃ。ここは専門家に判断してもらおう。ゴーストどの、おぬしはどう思う?」
ゴーストの透明な頭部の中で、忙しく歯車が回り、硝子玉が明滅した。
「専門家ということではないが、ここの機械については信頼している。安全度を判定させよう。許可番号8823! 幼児形態のままのゾイアが、マオール帝国へ行くことの是非を問う!」
が、部屋の天井からの回答はなかなか聞こえて来なかった。
ジェルマが痺れを切らし、「もういいよ。おいら一人でも」と言いかけた時、漸く返事があった。
「……このAEの人格安定度は、現在68パーセントまで回復している。よって、直ちに危険という水準ではなくなった。但し、瑕疵の原因となっている記憶に触れれば、一気に安定度は下がる。その場合の予防措置として、攻撃性が暴発せぬよう非常停止を設定の上、大陸東部地区へ行くことを推奨する」
顔を顰めたジェルマが「さっぱり意味がわかんねえ」と投げ出すように言うのを聞き流し、ウルスラはキッパリと告げた。
「ゴーストさん、その措置を実行するようにお願いしてください」
「おお、良いとも。許可番号8823! セーフティーロックをインストールせよ!」
天井からの声はゾイアに再び透明な容器に入るように指示し、今度は緑色の光の円盤が一往復しただけで扉が開いた。
「……インストールを完了した。尚、今後正常な再起動が実行されれば、自動的に解除される。また、万一の場合を考慮し、AEが大陸東部地区へ行くことを、宙船の予備機構に連絡しておく」
「おお、ゾイアのいう黄金城だな。そうしてくれ。さて」
ゴーストはウルスラに向き直った。
「後何か必要なものがあれば言ってくれ。衣類でも食糧でも何でもいいぞ」
ウルスラは少し考えた。
「そうね。なるべく目立たないようなマオール風の服と、携行食があると助かります。あっ、一番肝心なことを忘れていたわ。マオールのどこか安全な座標を教えてもらえませんか?」
ゴーストの頭部の硝子玉が瞬いた。
「範囲が広すぎるな。因みに聞いてみよう。許可番号8823! 今の条件に当て嵌まるアクシスは凡そ幾つある?」
「……約六千箇所」
「だろうな。条件を絞ってくれ」
ウルスラも困ってギータを見た。
「ふむ。ならば、シャン族の自治領が良いじゃろう。シャントンから何か情報を得られるかもしれんでな」
「……約四百箇所」
「うーむ。では、ファンクァン周辺で」
「……約二十箇所」
「もう一声じゃな」
ギータが更に条件を絞り込もうと考えている横から、ジェルマが口を挟んだ。
「面倒臭えな。その中から、あんたのお薦めのとこにしてくれよ」
「……薦めるならば、一箇所。ファンクァンの沖にある小さな無人島だ。アクシスは……」
長い数字が告げられ、それが二度繰り返された。
ウルスラが頷いた。
「覚えたわ。ゾイアはどう?」
五歳児姿のゾイアは嬉しそうに笑った。
「はい。頭がスッキリしていて、最初の一回で記憶できました」
「良かった。新しいことの記憶力は回復したのね。じゃあ、わたしはギータを連れて行くから、ゾイアはそっちをお願い」
名前すら呼ばれないジェルマはムッとして何か言い返そうとしたが、その肩にゴーストの二本指の手が優しく載せられた。
「もう行くのだな。慌ただしくて、ゆっくり話もできなかったのが残念だ。今度は一人で来るといい。わしはいつでも待っているぞ」
ジェルマは機嫌を直し、「また親と喧嘩したらな」と笑った。
ゴーストが用意してくれたマオール風の服に着替えると、一行は再び巨大円筒に戻った。
各自に携行食が入った袋を渡しながら、ゴーストが別れを告げた。
「海上の天候はもう回復しているから、このまま上がって行ってくれ。円筒の天井が開いてから跳躍した方が、理気力の消耗が少ないはずだ。海水もそうだが、超合金も抵抗性が高いからな。では、無事を祈っているぞ」
四人を代表してウルスラが礼を述べた。
「何から何までお世話になり、本当にありがとうございました。必ず吉報をお届けします。あ、すみません、弟に替わります」
顔が上下し、瞳の色が鮮やかなコバルトブルーに変わった。
「ごめんなさい。ぼくも色々知りたいことがあったんですが、今回は遠慮しました。また、来てもいいですか?」
「おお、勿論だとも。わしらはもう友だちだからな」
ギータはコッソリ横目でジェルマの顔を見たが、普通の表情で聞いていた。
「ほう。ウルスならいいのか」
「え? 何か言ったかい、ギータのおっさん?」
「いや、何も。おお、それから驚くといかんから先に言うておくが、恐らく向こうに着いたら夜中じゃぞ」
「なんでだ? 時渡りか?」
「いや。わしには説明できん。今度ゆっくりゴーストどのから聞いてくれ」
それが耳に入ったらしく、ゴーストが笑いを含んだ声で応えた。
「そのためにも、必ずもう一度来てくれよ。まあ、念のために言っておけば、夜中というより明け方近くになっているだろう。では、気をつけてな」




