1312 遥かなる帰路(41)
「ようこそダフィニア島へ!」
ゴーストの半透明の頭部に見えている色とりどりの硝子玉が、笑っているかのように明滅した。
「まあ、手前側の住居数軒以外は立体虚像だがな。つまり、沈没前のダフィニア島を再現した幻だ。取り敢えず、実体の家に案内しよう」
ゾイアが昇降機と呼んだ四角い部屋からゴーストが先に出て、ジェルマ、ウルスラ、ギータ、ゾイアと続いて降りた。
石造りの家の前まで来ると、ゴーストは短い腕を蛇腹のように伸ばし、鋏のような二本の指しかない手で扉の取っ手を引いた。
扉が開くのに連動して、薄暗かった室内がパーッと明るくなって行く。
中の様子を覗き込んだウルスラは、驚きの声を上げた。
「まあ、すごいわ!」
古めかしい外観と異なり、床も壁も天井も見たことのない白っぽい半透明の素材でできていた。
しかも、室内を照らす灯りは、その素材自体から発せられているようだ。
広さは普通の家族が使う居間ぐらいだが、中には家具も何もない。
真っ白な空箱のような状態である。
ジェルマが自慢げに「な、すげえだろ」と言うのを無視し、ウルスラはゴーストに尋ねた。
「椅子やテーブルはないんですか?」
「わしはこんな身体で飲食を必要としないからな。だが、おまえたちの分はすぐに用意するよ」
ゴーストは、奥の壁に向かって叫んだ。
「許可番号8823! テーブルを一台、椅子を人数分、おっと、各自の体格に合わせたものを要求する!」
と、床の一部が四角く盛り上がってテーブル状になり、その周囲の床に椅子のような形が四つできた。
「さあ、座ってくれ」
ゴーストに促されて四人が椅子に掛けると、それぞれ身長に合わせて椅子の高さが微調整された。
これにはギータが喜んだ。
「ほう、便利なものじゃな。わしはいつも椅子の高さが合わずに苦労しておるのだが、これなら良いのう」
更にゴーストは四人分の飲み物を壁に命じた。
聞いたことのないフォンというような音がして壁に四角い穴が開き、盆に載った飲み物が現れた。
ゴーストはトレイごと取り出すと、自らテーブルまで運んだ。
「一応、子供用の果物を絞った汁を人数分用意した。必要なら薬草茶でも、酒でも何でも出せるぞ。おお、そうだ。ゾイアは珈琲の方が良かったかな?」
聞かれたゾイアは首を傾げていたが、思い出せないらしく、小さな声で「これでいいです」と答えた。
ゴーストもそれ以上は勧めず、四人がそれぞれの飲み物を一口ずつ飲んだところで、「さて、話というのを聞かせてもらおうか」と促した。
ジェルマが勢い込んで話そうとするのを、ウルスラが「わたしが説明するわ」と制したため、睨み合いとなった。
ギータが「二人とも落ち着くんじゃ」と間に入り、「ここはわしに任せよ」と告げると、事実のみを淡々と述べた。
「……と、いうことじゃ。まあ、その手紙自体が本物か、本物としても内容が事実か、事実としても相手が約束を守るのか、一切わからぬ」
ジェルマは「手紙は本物に決ってるよ!」と反発したが、無意味な反論だとは自分でもわかっているようで、頬を膨らませたまま黙った。
それを待っていたように、ウルスラが口を開いた。
「たとえ手紙が本物で、書かれていることも事実で、ヌルサン皇帝が約束どおりヌルチェン皇子を解放するとしても、東廻り航路の再開は危険すぎるわ。実際、密かにガルム大森林を横断する軍用道路を造ろうとしているくらいだもの」
ジェルマが顔を真っ赤にして「ヌルチェンを見殺しにしろってのか!」と叫んだが、今度はゴーストが止めた。
「よさんか、ジェルマ。友情に厚いのはおまえの一番良いところだが、同時に最大の欠点でもある。先ずは、冷静に事態を分析するべきだ。小人族の言うとおり、手紙が本物か、書かれていることが事実か、相手に約束を守る気があるのか、そういったこと全てが明らかとなり、その上で判断を下さねばならん」
「そんな悠長なこと言ってる間に、ヌルチェンが殺されたらどうすんだよ!」
ゴーストの硝子玉がチカチカと瞬いた。
「いや、その心配はなかろう。わしの記憶が正しければ、ガルム大森林を横断する道を造る困難さは想像を絶するものだ。そのため、できれば手っ取り早く海路を再開したいと考えたのだろう。そこでワコ族に目をつけ、その首領を捕らえたのだ。その切り札を簡単には殺すまい」
ギータも頷いた。
「じゃろうな。まあ、ヌルチェン自身は少々のことでは口を割らんじゃろうが、誰かが秘密の一端を漏らしたのかもしれん。ヌルチェンが書いた救援を求める手紙を発見し、そこに一文書き込んでワコ族に運ばせたのじゃな。が、わからんのは、宛先がジェルマであったことじゃのう」
「そりゃ、おいらが親友だからさ」
そう言ったジェルマ本人も自信なげであった。
と、ずっと黙って聞いていたゾイアがポツリと言った。
「それは、ぼくやギータは追いかけないようにヌルサンに命じたからだよ」
皆がギョッとしてゾイアを見ると、困惑の表情で「ぼく、何か言いましたか?」と聞き返した。
が、ギータはポンと手を打ち、「成程!」と頷いた。
「ゾイアがヌルサンに魔眼を掛けられ、それを切り返した時、ゾイア、わし、シャントン、マルコの四人を追うなと命令した。じゃから脅迫状は、ゾイアやわしにではなく、ジェルマに送り付けたのじゃな」
「なんだよ、それ」
ジェルマは再び膨れたが、またウルスラが割り込んで来た。
「と、すれば、手紙は本物、書かれていることも事実、約束を守る可能性も高い、ということね。それでもわたしは、東廻り航路の再開には反対するわ」
「じゃあ、どうすんだよ!」
ジェルマの反論には、ウルスラではなく、ゾイアが答えた。
「ヌルチェンという人を救け出すしかありません」
(作者註)
ゾイアとヌルサンとの関わりについては、902 刑場皇子(1)~917 刑場皇子(16)をご参照ください。




