1308 遥かなる帰路(37)
突然現れたジェルマを見て、馬になっていたゾイアの変身が解けて少年の姿に戻り、身体の内部から光り始めた。
ゾイアの初期化を止めるよう頼むギータに、ジェルマはここでは潜時術が使えないことを説明し、直接ゾイアに、またダフィニア島に行きたいのだと話しかけた。
と、虚ろな表情になっていたゾイアの口が微かに動き、「ダフィニア島……」と呟いた。
その間も内部の発光は止まらず、ゾイアの身体の輪郭が丸みを帯びて来た。
ギータが「誰も触れるでないぞ!」と警告したが、ジェルマがフラフラと近づこうとしたため、傍にいたスルージが「待ちな、坊ちゃん」と手を引いた。
「何だよ、モジャモジャ頭め!」
「確かにそうだが、今はゾイアの旦那から離れておくんな」
「わかってらい!」
が、ゾイアの変化は初期化ではないようで、身体全体が小さくなって五歳児程度になったところで止まった。
直後、ゾイアの喉から抑揚のない声がした。
「……再起動に失敗。幼児形態に移行して人格を維持……」
その後ろで尻餅を搗いたままのウルスが、「そうか!」と声を上げた。
「ゾイアが十歳ぐらいの少年になったのは、出会った頃のぼくの姿に似せたんじゃないかな。そして今、その子の年齢に合わせて変化したんだ。だから、初期化はしないと思うよ」
ギータは皺深い顔をツルリと撫で、「そうかもしれんが」と口を挟んだ。
「そのウルスの推測が当たっていたとしても、暫くは様子を見た方がよい」
五歳児の姿になったゾイアは呆然とジェルマを見ていたが、不意に気づいたように周囲を見回した。
「ここは、どこ?」
それを聞いたギータが溜め息を吐いた。
「やれやれ。身体はともかく、記憶は初期化してしまったようじゃな」
ところが、アッという間にジェルマがスルージの腕を振り解いてゾイアに駆け寄り、その手を握ってしまった。
「おっさん、確りしてくれ! おいら困ってるんだ! 一緒にダフィニア島へ連れて行ってくれよ!」
しかしゾイアは困惑し、「ダフィニア島?」と首を傾げるばかりである。
ギータが「ヒヤリとしたわい」と嘆息し、ジェルマに呼び掛けた。
「ともかく、どこか落ち着ける場所で話を聞こう。それと、おぬしの服が余分にあったら、ゾイアに貸してやってくれ」
「うん」
ジェルマはこの寒村の廃屋の一軒を塒にしているということで、全員そちらへ移動して話を聞くことになった。
さっきはごめんよ。
おいらとしたことが、今一番会いたいゾイアのおっさんと思いがけずに巡り逢えたんで、舞い上がっちまったんだ。
まあ、今はおっさんじゃないけどさ。
ああ、ごめん、ちゃんと最初から話すよ。
おっさんやギータのおっさんと約束したとおり、商人の都サイカを出たおいらは、一度はダフィネ伯爵国の実家に帰ったんだ。
でもさ、何かというとおいらの自由を束縛しようとする父ちゃんとまた喧嘩になって、家を飛び出したのさ。
最初はサイカに戻ろうかとも思ったけど、それじゃおいらの面子が立たねえから、沿海諸国をブラブラしてたんだ。
ところが、父ちゃんが人を雇っておいらを捜してることがわかって、ここに隠れることにした。
暫くはのんびり暮らせたが、やっぱりこんな田舎じゃ退屈しちまう。
ちょくちょく港の方へ行っちゃ、出入りする船を眺めたり、船乗りのおっさんたちと仲良くなって、下らねえ馬鹿話を聞いて笑い転げたりしてた。
そんなある日、港にマオールの難破船が漂着した。
乗組員たちは全員瀕死の状態で、中原の言葉も殆ど喋れなかったが、それでもワコ族だということはわかった。
その中の一人が中原の言葉で書かれた手紙を持ってたんだが、その宛先は、なんとおいらだった。
そうさ。
その手紙を書いたのは、ヌルチェンだったんだ。
ヌルチェンは今、皇帝になった兄貴のヌルサンに捕まって幽閉されてるそうだ。
実は、その手紙も無理やりヌルサンに書かされたものらしくて、手紙の最後に別人の文字で、東廻り航路の障害を取り除かれなければヌルチェンを殺す、と書いてあったんだ。
だから、ゾイアのおっさん、おいらと一緒にダフィニア島に行ってくれ!
そしてゴーストに、東廻り航路を通れるようにしてくれと頼むんだ!
ジェルマの話を聞き終えても、ゾイアは茫然としているだけだった。
その代わり、ギータが「成程のう」と頷いた。
「ヌルチェンがワコ族の頭領になったとは聞いておった。しかし、兄弟たちとの権力闘争に勝利したヌルサンが皇帝になった後、どうなったかと心配はしておったが、やはりそのような目に遭ておったのじゃな」
すると、ウルスが「あ、替わるよ」と言いながら顔を上下させた。
「その子の気持ちはわかるけど、東廻り航路を再開するなんて、とんでもないわ」
ジェルマはギョッとして、「両性族? あっ!」と声を上げた。
「バロードの女王か!」
ウルスラも開き直ったように「そうよ」と応えた。
「あなたのお友達にはお気の毒だけど、そのために中原を危険に晒すことはできないわ」
ムッとして反論しようとするジェルマより先に、ゾイアが口を開いた。
「ぼく、そこへ行ってみたいです」
(作者註)
ジェルマ少年およびヌルチェンとの関わりについては、852 ガルマニア帝国の興亡(94)から886 東方の異変(2)まで辺りをご参照ください。
人物紹介とあらすじがまだそこまで行っておらず、すみません。




