1303 遥かなる帰路(32)
コドウィックら五人組以外のゲオグスト商人組合の人々が『万年樹』の集会所に集まったところで、ウルスが壇上に上がった。
緊張のためか少し声が震えてはいたが、確りと正面を向いて、ウルスは話し始めた。
みなさん、こんにちは。
お忙しい中、こうして集まっていただき、ありがとうございます。
最初にお断りしないといけないのですが、ちょっと理由があって、ぼく自身のことは言えないところがあります。
まあ、見てのとおり、バロード人であることだけはおわかりだと思いますが。
さて、ぼくにはガルマニア人の友人がいます。
かれのこともあまり詳しくは言えないのですが、ぼくと同い歳で、ゲオグストの生まれです。
今はお互いに離れて暮らしているのですが、かれもぼくも不幸にして父を亡くし、境遇も似ているため、今でも手紙のやり取りは欠かしていません。
その手紙の中で、ゲオグストの現状を嘆いていました。
かれが幼い日々を過ごした皇……、えっと、家が、跡形もなくなっているとは信じられないと書いてありました。
実際、ぼくもここへ来る前にこの目で見てきましたが、かつて中原最大と云われた都市が、更地になっていました。
ゲーリッヒさんは、あ、すみません、州総督ゲーリッヒさまは復興を進められていますが、正直なところ、ここと然程違わない状態です。
ぼくは、国の根幹は農業だと思っていますが、まだまだその前の段階で足踏みしています。
ぼくのガルマニア人の友人も、偶々新興国の創設に携わり、自ら鍬で荒れ地を耕すところから始めました。
更に友人は、自分自身で別の自由都市の建て直しに取り掛かり、農業と同時に商業の振興も大事だということに気づいたそうです。
農業だけで自給自足できる国はいいでしょうが、エイ、あ、いえ、自由都市ではそれも限界があります。
幸い、そこは交通の要衝であるため、これから徐々に商取引を増やしたい、と言っていました。
そうやって外国で頑張っているかれも、常に母国ガルマニアのことは気にしていました。
なので、友人のぼくとしては、少しでも皆さんのお役に立ちたいと、こうしてお話しさせていただくことにしたのです。
ああ、すみません。
前置きが長くなりました。
ぼくにはもう一人友人がいて、かれのことはある程度お話ししないと意図が伝わらないと思うので、敢えて名前を明かします。
その友人はガイ族のハンゼといい、歳はぼくより一つ上です。
今、多少ザワつかれたので、知っている人もいるでしょうが、ガーコ族のハリスさんの息子です。
ぼく自身は、ハリスさんと親しく話したことはないのですが、ぼくの知り合いの多くはハリスさんを良く知っています。
因みに、ぼくの父もガルマニア人の友人のお父さまも、必ずしも良い人間とは言えませんでした。
しかし、ハンゼの父上であるハリスさんは、本当に良い人だと聞いています。
ああ、勿論、権謀術数の世界に生きる人ですから、嘘も吐きますし、策略を仕掛けることもあるでしょう。
それでも、その根本にある誠意は揺らぎませんでした。
その証拠に、ガルマニア帝国の崩壊以降、外人部隊として行き場を失ったマオール人たちを、ずっと護り続けたのです。
そのハリスさんは今、旧帝国東南部のガーコ州のエクサルコスであり、また、ガルマニア合州国のヤーマン大統領の民事補佐官でもあります。
え?
あっ、そうですね。
合州国のことは、まだご存知ない方もおられるのですね。
そうなんです。
今、ガルマニアは四つの州に分かれていて、西北部がヤーマンさまのパシーバ州、西南部がおば、あ、いえ、ドーラさまのバローニャ州、東北部がゲーリッヒさまのガルム州、そして、東南部がハリスさんのガーコ州です。
尤も、ちょっとイザコザがあって、州の線引きは今後多少変わるそうですが、今はそれは置いておきましょう。
ともかく、この四つの州の中で、皆さんがお戻りになるとしたら、ガーコ州しかないと思います。
その国や地域の住みやすさは、自然の条件もありますが、まず何よりも為政者の資質に依ります。
悪口を言うつもりではありませんが、かつてのチャドス宰相や、皇帝マインドルフ一世の治世下では、庶民は苦しんだと思います。
その点、ハリスさんは信用できますし、何よりガーコ州は今、発展期にあります。
皆さんの移住先としてお勧めできますし、個人的にハリスさんと親しい仲間のファーンに案内させるつもりです。
いかがでしょう、皆さん?
ウルスの問い掛けに、「賛成!」「異議なし!」との声が上がる中、「ありがとうございます、ウルス王陛下!」「ゲルヌ殿下によろしくお伝えください!」との声が混じっていた。
一緒に聞いていたギータが苦笑して「バレバレじゃのう」と横にいるラミアンに話しかけたが、ラミアンはウルスの演説に感激して「ご立派になられて」と目を潤ませていた。
ファーンはやや心配そうに「連れて行く道中、あまり噂が広まらぬようにせねば」と呟いたが、隣の少年ゾイアは心ここにないように茫然と立っていた。
一方、魔道屋スルージは周辺の警戒に飛び回っていたが、聴衆の一人が密かにその場から離れたことには気づかなかった。
その男は『万年樹』内部の階段を駆け降り、地上に出ると近くの木蔭に走った。
そこに、コドウィックら五人組が居たのである。
男から話を聞いたコドウィックは「何だと!」と驚きの声を上げたが、すぐにニヤリと笑った。
「成程なあ。ビスマッハの爺さんたちとあの女剣豪が国に戻り、バロードの王さまたち数人がフラフラと『森の街道』を下ることになるってこったな。どうぞ襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ。それじゃあ、お言葉に甘えるとするか」
コドウィックが自分の冗談に声を出して笑うと、手下たちも追従するように笑った。




