1300 遥かなる帰路(29)
乗って来た馬はその場に残し、自力で飛べるウルスラ、ファーン、スルージの三人が先導する形で、ビスマッハ老人とギータとラミアンを乗せた巨鳥形態のゾイアが飛んで行くことになった。
因みに、ビスマッハを背負う予定だったエッテルという若者は、遠慮して先に歩いて帰った。
「あの若者たちは、お孫さんかな?」
一緒にゾイアの背中に乗りながらギータが聞くと、ビスマッハは悲しげに首を振った。
「あの二人の兄弟は戦災孤児だ。ゲオグストに居た頃、わしの店によく遊びに来ていた近所の悪ガキであったよ。内戦で身寄りを失くし、喰うに困ってわしの店に盗みに入ろうとしたところを懇々と諭し、わしの養子にした。その後、ゲオグストを退去せざるを得なくなった際、自由にしてよいと言ってみたが、ずっとついて来てくれたのだ」
「そうじゃったか。ならばあの子らのためにも、移住の話が上手く纏まるとよいのう」
ラミアンが「合理的に考えれば、そう決まるでしょうね」と口を挟むと、ギータが「これこれ」と窘めた。
「おぬしが頭がいいことは認めるが、人間は理屈だけでは動かぬということも、そろそろ学ぶべきじゃぞ」
ビスマッハも苦笑して同意した。
「そうだな。わしも最初はそのもの言いに腹が立ったが、悪気ではないことは良くわかった。が、初対面の人間からは誤解されよう。少し気をつけた方が良いぞ」
ラミアンは顔を赤らめ、「はい」と頷いた。
一方、先行するファーンは、飛びながらウルスラに説明していた。
「所謂『万年樹』が、本当のところ樹齢何年であるのかは知りませぬが、周囲の樹木を圧倒するほど巨大であることは確かです。また、古木の例に漏れず、中心部分は枯れて洞になっており、そこへ長年の土砂が溜まって、ちょっとした広場になっております。恐らく、集会所とはそこでしょう」
「でも、いくら大きくても、樹の洞に五十人もの人が乗れるのかしら?」
ウルスラの疑問に、ファーンは笑って答えた。
「五十人どころか、百人乗っても大丈夫と思いますよ」
と、魔道屋スルージが、「あ、幹が見えて来やした!」と声を上げた。
「で、でっけえ……」
スルージが絶句するのも無理はない。
ウルスラたちは、遠くからでも見える頂上の梢の部分を目指して飛んで来たのだが、なかなか到達しないと思ううちに、垂直の崖と見紛うような巨大な幹が見えたのである。
ファーンが「ここから高度を上げましょう」と警告するまでもなく、ウルスラもスルージも衝突を避けるために上昇し始めていた。
が、昇っても昇っても樹冠に着かない。
「これは想像以上に大きいわね」
ウルスラが感嘆すると、並行して飛んでいるファーンが笑いながら「上に着くと、もっと驚かれますよ」と応えた。
「ここから枝葉が多くなりますから、ぶつからぬよう、わたしの後をお進みください」
「わかったわ」
「スルージもな!」
「合点承知!」
覆い被さるような巨大な枝を抜けて行くと、突如青い空が広がった。
「抜けました。こちらへ」
ファーンに言われるまま水平飛行に移ったウルスラは、「まあ!」と声を上げた。
巨大な『万年樹』の樹冠部分は、スパッと水平に切られたように無くなっており、洞の部分は堆積した土砂で埋まって広場のようになっていた。
その周りを丸く囲むように幹の木部が残っており、そこから伸びた太い枝には青々とした葉が繁っている。
地上から見えた梢はこの部分であった。
洞が埋まってから随分年月が経っているようで、様々な草花が広場一面を覆っている。
正に空中庭園であった。
ファーンは百人乗っても大丈夫と言ったが、それ以上であろう。
その中央部分に多数の椅子が扇状に並べられ、その要の部分に演台が見える。
これがクーリエであろうが、さすがにまだ誰も来ていなかった。
「取り敢えず、着陸して待ちましょう」
ファーンに誘導され、ウルスラとスルージも演台の傍に降りた。
ウルスラは周囲を見回して「凄いわ!」と感激した。
「まるで別天地ね。え? ああ、どうぞ」
感想を述べる途中で顔が上下し、ウルスと交替した。
「下の地面とはまるで植生が違うね。高地みたいだ。ここなら雑草もあまり生えないから、蕎麦なんかを育てたらいいんじゃないかな?」
聞いたファーンが笑って指差す方を見ると、蕎麦の花が咲き誇っていた。
スルージが「さすがでやんすねえ」と褒めると、ウルスはちょっと顔を赤らめた。
ファーンはフッと息を吐き、「実は種を持ち込んだのはわたしです」と述べた。
「ご存知でしょうが、蕎麦の原産地はマオールです。中原に渡る際、備蓄用の食糧として持って来たものの一部を蒔きました。その頃は植物の栽培になど興味がなく、ほったらかしでしたが、ちゃんと根付いてくれたようです」
「そうか。すると蕎麦の原種だね。ちょっと標本を……」
走り出そうとしたウルスを、スルージが「あ、誰か来やす!」と止めた。
蕎麦畑の向こう側にある幹の木部に開いた穴から、数人の赤毛の男が出て来た。
どうやら『万年樹』の中に隧道があり、地上と行き来できるようだ。
男たちにとっては出会い頭であったらしく、こちらを見て騒いでいる。
ファーンが小さく舌打ちした。
「明らかに、まだビスマッハどのの連絡が届いていない連中です。護身用の剣を持っている者もいるようですから気をつけてください、陛下」




