1299 遥かなる帰路(28)
ゲオグスト商人組合の人々が帰国できるよう、ゲーリッヒに口添えしようとのウルスとギータの申し出を、しかし、長老のビスマッハ老人は断った。
更に、苦渋の表情でその理由を述べた。
「確かに、現在のゲオグストの支配者がゲーリッヒであるのなら、その許可を得ねば帰国は難しかろう。が、申し訳ないが、ゲーリッヒを信じることはできぬ。勿論、息子を兵役に取られて殺された恨みもあるが、そういう個人的な理由で言っているのではない。あやつには為政者としての資質に問題があると思う」
ギータが執り成すように「その点は本人も重々反省して」と言いかけると、ウルスが「あ、待って」と割り込み、顔を上下させた。
目の前で、ウルスのコバルトブルーの瞳が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わり、顔立ちも女らしくなったのを見たビスマッハは「おお」と声を上げた。
「あなたさまは若しやバロードの」
「ええ。女王のウルスラです。あなたが信用できるお方だということは、話していて良くわかりました。このまま身許を明かさないのは失礼と思い、名乗ることにしたのです。けれど、ここでわたしと会ったことは、できれば内密にお願いします」
「心得ました。仲間の者にも口止めいたしまする」
「ありがとう。それでは、わたしの考えを言わせていただきます。ゲーリッヒに対するあなた方のお気持ちは、一朝一夕では変わらないでしょう。また、秘書官のラミアンが申したとおり、ゲオグストは漸く復興が始まったばかりで、商取引の再開はまだまだ先の話です。そこでご提案なのですが、ハリスさんのガーコ州へ行かれませんか?」
最新の詳しい国内情勢を知らないビスマッハは首を傾げた。
「ハリス将軍の、ガーコ州……」
「ええ。あなた方をゲオグストから追い出したマインドルフのアーズラム帝国が崩壊したことはご存じでしょうが、その後、内戦に勝利したヤーマン将軍は、国を四つの州に分割したのです。先程ラミアンが申し上げたように、ゲオグストを含む旧帝国東北部はゲーリッヒの管轄ですが、東南部はハリスさんのガーコ州なのです」
「ほう。わしのような者でも、ハリス将軍が人格者であることは聞き及んでいます。あのお方なら善政を敷かれるでしょうが、わしらを受け入れてくださるでしょうか?」
最初の呼びかけ以来、ずっと黙って成り行きをみていたファーンが声を上げた。
「それはわたしから頼もう。ハリスどのとは、共に戦った仲間だ。あの男なら信用できるし、きっと引き受けてくれる」
ビスマッハは心動かされたようだが、猶も迷いがあるようで「商人の需要があるだろうか?」と呟いた。
すると、ラミアンが今度はやや柔らかな口調で教えた。
「ありますよ。元々豊かな土地でしたが、他の地域に比べて内戦の影響も少なく、マオール人移民を始めとする人口増加で、州全体が活気づいています。中でも州都ハリーは、かつてのゲオグストを凌ぐのではないかと噂されるほど、猛烈に発展しています。行くなら今ですよ」
ビスマッハは再び腕組みして考えて込んだが、後ろに立つ若者二人に相談しようとはしなかった。
若者二人も微動だにせず、警護役に徹している。
ウルスラたちも邪魔をせぬよう沈黙を守った。
やがてビスマッハは「わかりました」と頷いた。
「わし自身の心は決まりました。女王のご提案を受け入れるべきと思う。が、仲間を説得する自信がありませぬ。ご無礼かもしれぬが、皆の前でもう一度お話しくださらぬか。おお、勿論、ご身分は伏せていただいて結構です」
ウルスラは「喜んで」と即答したが、少し含羞んだように微笑んで付け足した。
「ああ、それと、弟がどうしても『万年樹』が見たいと言うので、できればその近くでお話ししていいでしょうか?」
ビスマッハも笑って答えた。
「実は、わしもそれを申し上げようと思っておりました。わしらの集会所は『万年樹』にあるのです」
ファーンだけはピンと来たらしく「おお、あそこか」と呟いた。
ビスマッハは振り返って若者二人に告げた。
「メッテルは皆に『万年樹』に集まるよう伝えよ。エッテルはわしを負ぶえ」
若者の一人は走り出し、もう一人はその場にしゃがんだ。
それを見て、話し合いの間中傍観していた魔道屋スルージが進み出、「あっしが跳躍で、ビスマッハさまをお連れしやしょうか?」と提案した。
しかし、ビスマッハが答える前にファーンが止めた。
「いや、駄目だ。『万年樹』の周辺は座標の乱れがあって、リープで近づこうとすると、弾かれてとんでもなく離れた場所に飛ばされることがある。馬で行ける道もないから、地面を歩くか空を飛ぶしかない。よって、自力で飛べる者以外は、ゾイアに運んでもらおう。よいな、ゾイア?」
「はい、お母さん」
ゾイアは服を脱いでファーンに渡すと、その場で巨大な鳥に変身した。
目を丸くしてそれを見ていたビスマッハは、「おお、これぞ噂に聞く獣人将軍!」と感激した。
ギータが苦笑して、「これではとても、口止めは無理じゃな」と独り言ちた。




