1298 遥かなる帰路(27)
ガルマニア人の老人が案内したのは街道から少し離れた広場のようなところで、真新しい切り株が多数あるところを見ると、かれらの伐採地なのであろう。
「適当な切り株に掛けてくれ。わしらが集会などに使っておる場所だ」
そう言いながら老人は若者二人に手伝ってもらって座ったが、若者たちは座らずにその背後に立った。
介護と護衛を兼ねているのであろう。
ウルスたち六人も近くの切り株に順次座ったが、老人は改めて訝しげに全員を見回した。
無理もない。
最初に話した女は三十代のマオール人、その横には金髪碧眼の二十代の若者、その弟のような十代の少年、ダークブロンドの髪に珍しいアクアマリンの瞳の十歳くらいの少女、従者と思われるモジャモジャ頭の年齢不詳の男、そして極め付きは小人族の老人である。
どういう一行なのか、まるで想像もつかないようだ。
が、老人は不躾に聞くようなことはせず、自ら語り出した。
先ず名乗っておこう。
わしはビスマッハという者で、仲間の中では最年長であるために、長老と呼ばれておる。
見てのとおりのガルマニア人で、わしの仲間も全員そうだ。
が、ガルム族ではない。
ガルマニア以外の人間から見れば同じようなものと思うかもしれぬが、大森林の狩猟民族であったガルム族は、歴史上何度も民族移動を繰り返し、徐々に中原東北部に定住して行ったのだ。
その最後の大移動が、ゲール帝の征服と帝国建国であった。
まだわしが三十代の頃、多数の小国家に分裂していたガルマニアに、かれらは怒濤のように襲い掛かって来たのだ。
既に文明に浴していたわしらにとって、かれらの野蛮さは恐怖でしかなかった。
が、征服そのものは荒々しかったが、帝国建国後のゲール帝の施政は悪くなかった。
いや、どの小国も貴族階級が政治を私物化していた時代より、余程公明正大なものであったよ。
出自を問わず、能力次第で幾らでも出世が許され、国全体が活気に溢れていた。
中でも帝都ゲオグストは殷賑を極め、商人たちは競って御用達を目指したものだ。
何を隠そう、わしもその一人であったのだよ。
わしは絹織物の商いを中心に、手広く衣料品を扱う店をやっておった。
それなりに繁盛し、そろそろ店を倅に譲ろうかと考えていた矢先、突如事態が暗転した。
逆臣ブロシウスの謀叛と、それに続く二代ゲルカッツェ帝の暗黒時代だ。
勿論わしらのような下々の者でも、実際に政治を動かしているのが佞臣チャドス宰相であることはわかっておったさ。
が、皇帝が無能であることは、それ自体が罪だ。
わしらは重税に苦しみ、早く代替わりせぬかと願っていた。
だが、次に皇位を奪還した三代ゲーリッヒ帝は、もっと酷かった。
重税を課した上、兵力不足を補うために徴兵が実施され、倅は兵役を命じられた挙句、内戦で戦死した……。
……おお、すまぬ。
もう大丈夫だ。
そのゲーリッヒの失脚を喜んだのも束の間、更なる不幸に見舞われてしまった。
マインドルフ将軍が創ったアーズラム帝国が、あろうことか、ゲオグストを更地にしてしまったのだ。
わしらはその前に強制移住をさせられ、帝国内に散り散りにされた。
その後も内戦が続き、わしらも一度は国を捨てて逃げようとしたが、ゲオグストの繁栄が忘れられず、いつの日にか帰りたいと願ってここに集ったのだ。
うむ、そうだ。
わしらは元のゲオグスト商人組合の仲間なのだ。
仲間たちはガルマニア各地に散らされたものの、定着できずに行き場を失い、口伝てにわしを頼ってここに集まって来た。
木を伐り、土を耕し、獣を狩って、細々と暮らしておるが、やはり望郷の念は捨て難い。
そこで改めて問おう。
ゲオグストは今、どうなっておる?
ビスマッハ老人の目は真っ直ぐにファーンを見ていたが、答えたのは隣に座っているラミアンであった。
「現状を正直に申し上げれば、ゲオグストは現在、元皇帝のゲーリッヒさまの支配下にあります。尤も、まだ更地に近く、僅かに木造の家が建ち始めた段階です。基本的な生活様式も今のあなた方と同様で、狩猟と畑作で生活の糧を得ています。当分、絹織物のような贅沢品の商売は成り立たないでしょうね」
あまりにも冷たい言い方にビスマッハがムッと押し黙ったところで、見かねたウルスが立ち上がり、「ごめんなさい」と謝った。
「ラミアンに悪気はないんです。元々こういうものの言い方なんです。お商売はすぐには無理でしょうけど、帰国については、何でしたらぼくがゲーリッヒさんに手紙で頼んでみましょうか?」
ビスマッハは不審な顔で、「あなたは?」と聞き返した。
ウルスがどう答えようか迷っていると、ギータが「わしが話そう」と助け船を出した。
「わしは情報屋のギータという者じゃ。わしの同行者についてあからさまに言えることと言えぬことがあるが、まあ、身分のあるお方で、ゲーリッヒどのと友人であるとだけはお伝えしてよいじゃろう。もし、お望みなら、ゲーリッヒどのに頼めると思うが、どうじゃな?」
ビスマッハは腕組みして考え込んだが、大きく息を吐いてから、ハッキリと告げた。
「お断りする」




