1297 遥かなる帰路(26)
街道の先に野盗らしき集団がいるとの魔道屋スルージの報告に、ギータが疑問を呈した。
「それはどうじゃろう? 確かに帝政時代に比べて治安が悪くなったかもしれぬが、同時に街道の通行量も激減しておる。四五十人の集団で狙うような獲物もそうそうおらんじゃろうから、間尺に合わん。恐らく、野盗ではなかろう」
ラミアンが「じゃ、何です?」と聞くと、ギータの代わりにファーンが答えた。
「如何にギータが中原一の情報屋でも、それ以上はわかるまい。今度こそわたしが行って見て来よう」
すると、ウルスが「あ、待って」と止め、顔を上下させてウルスラと交替した。
「相手の出方を探るために、六人全員で普通の旅行者のフリをして行きましょうよ。悪い相手でなければ、その場で話し合った方が早いわ」
スルージが驚いたように「でも、悪いやつかもしれやせんぜ」と言うと、ウルスラはキッパリと告げた。
「もし本当に野盗なら、他の旅人のためにも懲らしめないといけないわ」
ギータも笑って同意した。
「確かにのう。ゾイア、いや、今はゾフィアか、は別格としても、わしにしろファーンにしろそこそこは闘えるし、ウルスラとスルージの魔道の力もある。五十人程度の野盗なら、怖るるに及ばんわい」
ラミアンが「え? ぼくは?」と聞くと、ウルスラが笑いながら「あなたの智力もよ」と答えた。
一行は先程話し合った設定どおり、ラミアンとファーンが夫婦、ウルスとゾフィアが若い恋人、ギータとスルージは従者という体で出発した。
馬四頭に騾馬一頭である。
従者らしい身形に着替えてギータのミュールに同乗したスルージは、モジャモジャの髪の毛を掻きながら「無理がありやすねえ」と評した。
「ラミアンの坊ちゃんとファーンさんじゃ、随分歳の離れた姐さん女房だ。ウルス陛下とゾイア、いや、ゾフィアの嬢ちゃんの二人は子供すぎる。不自然じゃねえですかねえ」
ギータは苦笑して「仕方なかろう」と応えた。
「組み合わせとしては、例えば、ファーンとおぬしでは吊り合いが取れぬ。女主人と召使いのように見える。おお、冗談じゃよ。わしならもっと似合わぬわい。まあ、要は一応の形を整えるためさね。暫しの間じゃ、お互い我慢しようではないか」
「はあ」
浮かぬ顔のスルージの身体は少し浮いていた。
ミュールに負担を掛けぬためであろう。
一行が街道を南に下ると、木材の燃え滓が残っていた。
ゾイアが燃やした門の残骸である。
ラミアンが「意外に量が少ないですね」と言うと、馬を並走させているファーンが「そうだな」と頷きながらも、鋭い目で左右を確認した。
竜騎兵の生き残りが片付けたのかと警戒したのだろうが、後ろから女性形のゾフィアが声を掛けた。
「違いますわ。門の大きさに比べ、最初から材木の量が少なかったのです」
「成程。張りぼてであったのだな」
ファーンはホッとするのと同時に、それほどかれらの体力がなくなっていたのかと自責の念に駆られたらしく、大きく溜め息を吐いた。
が、後ろを行くウルスは別の見方をしているようで、「惜しかったなあ」と残念がった。
「だって、やっぱり木造建築はマオールの方が中原より進んでるじゃない? 燃え跡に釘も金具も見当たらないから、全部木だけを組み合わせて造ったんだよ。凄いなあ」
母国を褒められたファーンは、少し元気が出たようであった。
更に進むと左手の森の奥に、天を衝くように巨大な樹が見えて来た。
真っ先にウルスが「万年樹だ!」と叫んだ。
ファーンも目を細め「懐かしいような、そうでないような」と複雑な感情を呟いた。
マオール帝国の使者タンファンとして中原に乗り込んで来る前、この万年樹の近くで親衛魔道師隊の訓練をしたのである。
「ヌルチェンさまは、今頃どうされているのだろう?」
先帝ヌルギスの第九皇子であったヌルチェンは、宰相チャドスに怪しまれぬよう、タンファンの幻術によって弟タンチェンと信じ込まされ、副隊長になっていた。
運命の悪戯でタンファンがファーンになったことにより、自分で目醒めたヌルチェンは、当時の皇帝ゲーリッヒの腹心となり、その没落と共に中原から消えた。
その後マオールに戻り、海賊王となったことまでは、ファーンも風の噂に聞いていた。
いつの間にかもの思いに沈んでいたファーンは、ラミアンの「あ、誰か来ます!」という声に、現実に引き戻された。
見ると、三人の男が街道をこちらに向かって歩いて来ている。
真ん中の老人を屈強そうな若者二人が両側から支えていた。
三人とも赤毛だからガルマニア人であろう。
こちらが気づいたのを確認し、三人が立ち止まると、真ん中の老人が、意外に確りした声で話しかけて来た。
「旅のお方とお見受けした! 少々尋ねたいことがある! 今、帝都ゲオグストは、どうなっておりましょうや?」
ファーンが代表して一歩前に出た。
「お答えするに吝かではないが、見たところ何やら事情があるご様子! 差し支えなくば、お教え願う!」
老人はどこまで話すべきか迷っているようであったが、左右の若者に相談しようとはしなかった。
明らかに若者二人は老人の付き添いだけの役目のようだ。
老人は息を吐き、少し声を落として告げた。
「寄る年波で足が辛い。街道を外れて座って話さぬか?」
ファーンが振り返って確認すると、ウルスもギータも頷いている。
「相わかった。われらも馬から下りよう。ところで、お仲間の人々はどうされた?」
老人は、やはりという顔をした。
「先程魔道師らしき者が偵察に来たと聞いた。おぬしらであったのだな。たしかに仲間が四十七人おる。が、心配せんでくれ。決して物盗りの類いではない。わしらは、謂わば難民だ。まあ、詳しいことは座って話そう」




