1291 遥かなる帰路(20)
その夜、ゲオグストは祭りのように賑わった。
ガルム族にとってゲーリッヒは直系の族長で人気も高く、生まれたのが跡継ぎとなる男子とあって、来れる者はみんな集って来たのである。
ゲーリッヒの自宅近くの広場に、急遽飲食の準備がなされた。
獣の肉だけでなく、最近始めたという畑作の野菜や根菜もふんだんに使った大鍋料理が野外で作られ、通りかかった者全員に振る舞われた。
酒は葡萄酒は勿論、火酒や果実酒、怪しげな猿酒の類いまで用意されていた。
そうした中、人に囲まれて上機嫌のゲーリッヒがウルスの姿を見つけ、人波を掻き分けるようにして歩いて来た。
「おっ、目がコバルトブルーだな。弟に替わったのか。いいぜ、姉ちゃんでも。何しろ息子の恩人だからな。おれももう意地悪は言わねえよ」
ウルスは含羞んだように笑って首を振った。
「違うんだ。出産に立ち会うためにぼくはずっと寝てたんだけど、今は草臥れた姉さんが寝てるんだよ」
「へえ。便利なもんだな。ああ、そうそう。息子の名前を決めたぜ。おめえら姉弟に肖って、ウルフガンクって名にした。通称はウルフだ。どうだ、強そうな名前だろ?」
「いいね。でも、いいのかな、ぼくらの名前に似せて?」
ゲーリッヒはニヤリと笑った。
「半分はこじつけさ。ウルフガンクってのは、ガルム族の伝説の戦士の名前でもあるからよ。異論を言うやつはいねえさ。それよりちょうどおめえ一人だから、ちょっと話していいか? ゴチャゴチャ理屈を言う兄ちゃんなんかに邪魔されたくねえからよ」
ウルスは思わず笑った。
「ラミアンのことだね。間違って強いお酒を飲んじゃって、部屋で休んでるよ。それ以外の大人たちは集まって議論してるし、ゾイアはふらっとどこかに行っちゃったし、今なら姉さんも寝てるし、ぼく一人だよ」
「よし。じゃあ、おれも本音で話そう……」
……正直言うと、おれはずっとバロードを敵視してた。
親父が死んだ原因だって、ブロシウスの野郎のバロード遠征が切っ掛けだったしな。
ああ、わかってる。
言い掛かりみてえなもんさ。
が、親父が死んだ後、自分の身を護るために皇太子を降りたおれは、笑われるかもしれねえが、先ずバロード攻略の準備を始めた。
太っちょのゲルカッツェに皇帝が務まるはずがねえから、早晩おれの出番が回って来ると思ってたからよ。
おれが皇帝になったら、親父の夢だった中原統一を果たさなきゃなんねえ。
そのためにはバロードを倒すしかねえと、本気で考えてた。
で、『森の街道』を整備させ、沿海諸国に伝手を求めて操船を習った。
まあ、その時の先生がミラだから、結果的に無駄じゃなかった訳だがな。
が、おれの在位は僅か数箇月で終わった。
今にして思えば、バロードに目を向けるよりも、もっと国内の将軍たちをちゃんと掌握しときゃ良かったんだが、そんときゃおれも逆上せ上がってたんだな。
悪いな、愚痴っぽくて。
ともかく、皇帝の座から滑り落ちたおれは、一切の権力争いから身を退いて、元の野人に戻って暮らそうと思ってた。
その間、八方面将軍たちは激しく潰し合い、その勝者となったマインドルフの糞野郎が新しい帝国を創って皇帝に納まった。
まあ、ここまでなら、おれも許せた。
ところが、あの野郎、親父が丹精込めて造り上げたゲオグストを更地にしやがったんだ!
すまねえ、当時の怒りがぶり返しちまった。
一度は隠遁を決め込んでたおれも、なんとか意趣返ししてやろうと、少数部隊による遊撃戦を仕掛け続けた。
マインドルフの帝国が崩壊した後、それが功を奏してガルム州という形になったのさ。
ところが、あの喰わせ者のヤーマンはなんだかんだと理由をつけて、ガルム州を抑えつけようとしてる。
まあ、今は魔女ドーラに対抗させようとして少し締め付けを弛めて来たが、本当に独立させるような気はねえ。
あの猿は、見かけ以上に腹黒いからな。
そこでおれとしちゃあ、あの辛気臭えハリスの白頭巾野郎と手を結ぶか、あるいはいっそドーラと同盟するしかねえかと思ってた。
が、おめえらと出会って考えが変わった。
ちまちまとガルマニアの中だけで考えず、もっと広い付き合いをした方がいいってな。
おめえんとこもそうだし、ファイムのおっさんのカリオテもそうだが、外国に太い繋がりを持てば、あのシミアも簡単には手出しができなくなる。
これからのガルム州の生き残り策はそれしかねえ。
ああ、無論、背後から迫って来てるマオール帝国のこともある。
どうだ、ウルス、取り敢えず個人として、おれと手を組まねえか?
聞き終わったウルスは、スッと右手を差し出した。
「ゾイアから聞いた、友情の証だよ」
ゲーリッヒも右手を出し、覚束ない手つきで握手を交わした。
「成程、わかったぜ。この状態じゃ、殴り合ったり、斬りつけたりできねえな。いいだろう、これでおめえとおれとは義兄弟だ。困ったことがあったら、何でも相談しな」
「うん。当座はぼくらの個人的な関係だけど、いずれはもう少し具体的な話し合いをしなきゃね。多少、面倒だと思うけど、いいかな?」
ゲーリッヒは苦笑した。
「おれだって一度は皇帝になった男だぜ。国同士の付き合い方はわかってるさ。今のところガルム族には外交ができるような人間がいねえが、旧帝国時代の文官で、チャドスの狸親爺に追放されたやつが何人もいるから、声をかけてみよう。おっ、向こうにファイムのおっさんが居るな。よし。バロードの次はカリオテだ。ちょっと話して来るぜ。じゃあな」
意気揚々とゲーリッヒが歩み去ると、ウルスの顔が上下して、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
「途中で目が醒めて聞いてたけど、後半は丸っきりラミアンの受け売りじゃない。まあ、それを受け入れただけでも、成長したと思うしかないわね。さあ、せっかくだから、わたしも食事を愉しむことにするわ」
ウルスラは笑顔で大鍋の方へ歩いて行った。




