1289 遥かなる帰路(18)
結局、ファーンが仕留めた狼は川原で解体し、焼いて食べようということになった。
解体はウルスがやりたいと申し出たため、ゲーリッヒが指導することにしたが、その必要がないほど上手かった。
「ほう。やるじゃねえか。どこで習った?」
聞かれたウルスは少し照れながら、「バロンの業者さんだよ」と答えた。
「その時解体したのは大蜥蜴だけど、基本は一緒だからね」
その大蜥蜴をバロンに放ったファーンは忸怩たる思いになったのか、「薪になりそうな枯れ枝を集めて来る」と告げて近くの林へ向かった。
当然のようにその後をゾイアが追って行く。
一人手持ち無沙汰のラミアンは、コバルトブルーの瞳でぼんやり空を見上げていたが、「あ!」と声を上げた。
「あれはスルージさんだ。おおい、ここですよーっ!」
手を振って呼ぶまでもなく、こちらに気づいて降りて来た。
スルージはモジャモジャの頭を掻きながら、安堵の表情を浮かべている。
「良かったでやんす、皆さんご無事で。ギータさんからちょっと様子を見て来るようにと言われたんでやすが、途中ルプスの群れが見えたんで、肝が冷えやした」
「ああ、そうなんですね。幸い、ルプスはゾイアさんとファーンさんがやっつけてくれました。でっかい熊にも出くわしたんですが、なんとウルス陛下お一人で斃したんですよ!」
「そいつあ、すげえ!」
そのウルス本人は、燥ぐ二人の会話も耳に入らぬほど解体に集中している。
漸く一段落したところで、横で見ていたゲーリッヒが笑顔で褒めた。
「おれが教えるまでもねえや。多少モタついたところもあったが、数を熟しゃあすぐに一人前になれるぜ」
「ありがとう!」
そこへ枯れ枝を抱えたファーンとゾイアも戻って来た。
枯れ枝を下に置くと、ファーンは懐から草のようなものを取り出して見せた。
「臭味消しに使えそうな香草が自生していたから、ついでに摘んで来た」
ウルスが「いいね!」と弾んだ声を出した。
「ぼくが下拵えするから、じゃんじゃん肉を焼いて、みんなで食べよう! 勿論スルージさんもだよ!」
六人で焼いた肉を食べ、皆満腹になったところで、ゲーリッヒが提案した。
「一緒にメシを喰ったおめらは、もう仲間だ。今夜はゲオグストのおれの家に全員泊めてやろう。おお、そうだ、馬車で待ってるファイムのおっさんとギータの爺さんもいいぜ。兵隊たちまでは無理だが、近くに野営させりゃいい。魔道屋、一飛びして、知らせてやんな」
スルージは少し躊躇ってファーンの顔色を窺ったが、ファーンも笑顔で頷いたため、「合点だ!」と勇んで飛んで行った。
一番喜んだのは無論ウルスで、満面の笑顔で礼を述べようとしたが、ゲーリッヒが「但し」と片手で制した。
「おれの家では、おめえの姉ちゃんが表に出て来ねえことが条件だぞ。いいな?」
ウルスは笑顔のまま「姉さんもその方がいいって」と答え、ゲーリッヒに失笑された。
かつて城塞都市と呼ばれたゲオグストは、一面の野原になっていた。
叛乱の拠点となることを懼れたマインドルフ一世が、徹底的な破壊を命じたからである。
尤も、森の民であるガルム族は石造りの都が無くなったことに徒な感傷は持たなかったようで、既にあちらこちらに丸太小屋のような建物ができている。
ガルム州の州総督であるゲーリッヒの家も、規模が大きいだけで全て木製であった。
「こんな家だが、部屋数だけは余裕があるから、好きに使ってくれ。まあ、この辺りは湿気の多いところだから、石の城よりは凌ぎ易いぜ。さあ、遠慮なく入ってくれ」
ウルスたちを案内するためゲーリッヒが開けようとした扉が、いきなり向うから開き、人が飛び出して来た。
「太子、大変です! 奥様が……」
出て来たのはガルム族の使用人で、よほど慌てたのか昔の通り名でゲーリッヒを呼んだが、顔色が蒼白であった。
ゲーリッヒは相手の胸倉を掴み、「ミラがどうした! はっきり言え!」と怒鳴った。
「は、はい。陣痛が始まったので産婆を呼んだのですが、えらく難産で苦しんでおられます。産婆が申すには、どうやら逆子らしいと」
「何だと!」
騒然とする中、ウルスが一歩前に出て顔を上下させ、ウルスラに変わった。
「あなたとの約束を破ることになるけど、一刻を争うわ。わたしに癒しさせてちょうだい」
ゲーリッヒは唇を噛んでいたが、吐息と共に応えた。
「いいだろう。だが、ミラやお腹の子に万一のことでもあったら、ただじゃ済まさねえぞ!」
ウルスラは硬い表情で「わかってるわ」と告げると、使用人に頼んだ。
「わたしをミラさんの部屋へ案内して」
使用人はゲーリッヒの方をチラリと見たが、顎をしゃくって連れて行くよう示唆され、「畏まりました」と先に立って奥へ進んだ。
その後をウルスラが行こうとした時、「ぼくも行きます!」と声がした。
少年ゾイアであった。
ゲーリッヒが顔を顰め、「子供でも男は駄目だ」と拒絶すると、ゾイアは見る間に髪の長い少女に変わった。
「わたしならいいでしょう? 一緒にヒーリングさせてください」
ゲーリッヒは舌打ちしたが、奥の部屋からミラのものらしい呻き声が聞こえて来たため、「わかったよ」と答えた。
「その代わり、必ず助けるんだぞ!」




