1286 遥かなる帰路(15)
ラミアンの話を聞き終わったゲーリッヒは、顔を顰めて「うるせえな」と言ったが、そんなに怒っている訳ではなさそうだった。
「ゴチャゴチャ小難しい御託を並べなくたって、ここで喧嘩するより、仲良くした方がお互いに得だってのはおれにもわかったさ。だが、それならどうしてコソコソ通り抜けようとしやがった? 最初から、これこれこうで通らせて欲しい、って言やあ、おれだってこんな武張ったことはしねえよ」
これには、ラミアンに代わってギータが応えた。
「面子を潰されたと言いたいなら、わしが代表して謝っておこう。じゃが、秘密が漏れて危険な目にあったのは事実じゃ。また、今後もないとは言えぬ。できれば大事にせず、このままスンナリ通してくれぬか?」
ところが、ゲーリッヒが返事をする前に、意外な人物が反対した。
ウルスラが「え? 今?」と自分の胸に聞くと、顔を上下させてウルスに交替したのである。
「ごめんね、ゲーリッヒさん。でも、できたら素通りはしたくないんだ。前々からガルム族の生活に興味があって、狩猟の仕方とか、毛皮や肉の処理法とかを、是非見たいんだよ。お願いしてもいいかな?」
ゲーリッヒは呆れたような顔でウルスのコバルトブルーの瞳を見ていたが、不意に笑い出した。
「いいだろう。おれも外交がどうのなんて七面倒臭え話より、そっちの方が得意だ。なんだったら、これから案内してやるぜ」
「おお、ありがとう、ゲーリッヒさん!」
目を輝かせるウルスと、人間形に戻ったもののゲーリッヒに斬られた服が裂けてしまい、全裸の状態で茫然といている少年ゾイア以外の大人五人は、困ったように目を見交わした。
が、やはり一番若いラミアンが、「いいんじゃないですか」と真っ先に同意した。
「友好の第一歩は、お互いを知ることです。実は、ぼくもガルム族の生活様式には好奇心をそそられます」
するとギータも「いいじゃろう」と頷いた。
「但し、申し訳ないが、ウルスとラミアンだけでは心配じゃ。警護役としてファーンに同行してもらうとしよう」
ゲーリッヒは皮肉な笑みを浮かべて、「おお、いいぜ」と応えた。
「さっきまでおれは、誰彼構わず拘束するって言ってたからな。急に信用しろと言っても無理だろうさ。じゃあ、三人で来てくれ」
「ぼくも行きます!」
そう名乗りを上げたのは、勿論ゾイアである。
ゲーリッヒは、おかしくてたまらないように吹き出した。
「やっぱり、母ちゃんと離れたくねえのか。いいぜ。ついて来な。ああ、そうだ。おれが斬っちまった服の代わりに、子供の頃着てたのを貸してやろう。取りに行って来るから、ここで待ってな」
乗り込んで来た時とは別人のように上機嫌でゲーリッヒが出て行くと、ギータが魔道屋スルージに囁いた。
「念のため、おぬしは隠形してゲーリッヒの後をついていくのじゃ。何か異変があったら、すぐにわしに知らせよ」
「合点承知!」
「それから、ファイムどの」
心配そうに成り行きを見ていたファイム大臣は、「はい?」と少し裏返った声で聞き返した。
「すまぬが、兵士たちには警戒を解かず、いつでも出撃できるようにと言っておいてくだされ」
「畏まった!」
生真面目なファイムが今にも出撃しそうな勢いで立ち上がったため、ギータは苦笑して、「あくまでも念のためじゃ」と落ち着かせた。
警護役を命じられたファーンも、「心配ない」と請け合った。
「ウルスラ陛下もわたしもいざとなれば跳躍できる。ゾイアもな。問題はラミアンだが、ゲーリッヒの好みではないようだから、心配なかろう」
ラミアンは「え?」と驚いた顔になったが、ファーンの笑顔を見て揶揄われたと気づき、真っ赤になった。
と、ウルスの顔が上下して、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
「ラミアンの凄さに気がつかないのが、ゲーリッヒの駄目なところね。大丈夫よ。逃げる時には、わたしが連れてリープするから」
ラミアンは感激して「女王陛下万歳!」と叫んだが、早くも戻って来たスルージが「お静かに。もうすぐ帰って来やす」と教えた。
やはりゲーリッヒが好きでないらしく、ウルスラはすぐにウルスと交替した。
待つほどもなく、ゲーリッヒが幌を捲って入って来た。
その手に毛皮の塊のようなものを持っている。
「自分家まで取りに行くのも面倒だから、近くに住んでるやつのを借りて来た。遠慮は要らねえ」
そう言って放り投げられた服を、ゾイアが受け留め、礼を述べた。
「ありがとうございます」
ゲーリッヒは「本当に心まで子供になったんだな」と笑った。
「よし、じゃあ行くぜ。自力で飛べるやつもいるだろうが、一応、馬を用意させた。躾のいい馬だから、安心しな」
ウルス、ラミアン、ファーン、ゾイアの順に馬車を降りると、ゲーリッヒのもの以外に空の馬が三頭いた。
が、他のガルム族の姿はなかった。
騎乗しながらゲーリッヒが、「おめえらが心配しねえように、みんな帰したぜ。さあ、おれに遅れるなよ」と白い歯を見せて笑うと、いきなり駆け出した。
ウルスがパッと馬に跨りその後を追うと、慌ててラミアンも馬に飛び乗った。
最後にファーンがゾイアを前に乗せて走り出したが、すぐに二人を追い越し、ゲーリッヒの馬を見失わないよう先導して行った。




