1283 遥かなる帰路(12)
ガルム州のある地域は、ガルマニア帝国時代の皇帝直轄領に当たる。
ゲール帝の最盛期には帝都ゲオグストを中心に殷賑を極め、この地域こそ正に世界の中心と云っても過言ではなかった。
二代ゲルカッツェ帝の時、八方面将軍の離反が相次ぎ、宰相チャドスがこの地域に重税を課したこともあって、繁栄に翳りが見えた。
更に支配者が交代して三代ゲーリッヒ帝となり、一時的に活況を呈したものの長くは続かず、内戦によって将軍リンドルに占拠されてしまう。
元首となったリンドルは、この地域を含む旧帝国の半分を領有しながらもマインドルフの軍門に下り、領地は全てアーズラム帝国のものとなった。
皇帝マインドルフ一世は、旧帝都ゲオグストを徹底的に破壊するよう命じ、住民らは他地域へ強制移住させた。
そのアーズラム帝国も二代アライン一世で滅び、この地域は将軍ヤーマンの興したガルマニア合州国の自治州となったが、最早昔日の繁栄を取り戻す縁もなく、寂れた田舎州となっている。
そのガルム州の州総督は元皇帝ゲーリッヒである。
元皇帝といっても既に実権はなく、実質は少数民族であるガルム族の族長にすぎない。
そのゲーリッヒに対して、軍事補佐官に任じたいとの打診があったのは、あの魔の婚礼の直後であった。
皇后宮の衛兵が逃亡した後、バロードの警護兵らを素早く城内に入れ、護りを固めたことを評価しての人事であるという。
「胡散臭えな」
ゲーリッヒは苦笑しつつも、これを受けた。
「あの猿め、なかなか考えてやがる」
ヤーマンの人事をそう評した。
アラインを倒した後、再び内戦の泥沼に落ち込まぬよう、ヤーマンは大盤振る舞いによって対抗勢力を取り込み、粗ごなしに国を纏めた。
そのため、魔女ドーラにヤーマンの本体を凌ぐ勢力を与えることとなり、これを如何にして削ぐかが課題となった。
今回の婚礼に伴う謀叛を梃子に、大幅に兵力を削減したが、あまりに追い詰めると暴発するとみて、軍事補佐官の職までは外さなかった。
その代わり、ゲーリッヒも同じ役職に就け、合議制にすることで暴走を抑えようとの魂胆であろう。
尤も、受けるに当たって、ゲーリッヒ側も条件を付けた。
兵力制限の緩和である。
基本的に各州の経済力に見合った兵力制限となっている中、不足する兵を自由に募集することを許されているハリスのガーコ州と違い、ゲーリッヒのガルム州は一万にも満たない現有兵力に制限されているのだ。
ところが、ゲーリッヒが拍子抜けするほど交渉はあっさり纏まり、当面二万まで兵を増やすことを認められた。
「さすがにあのシミアは智慧者だな。ドーラを抑えるにゃあ、こっちにある程度の力を持たせなきゃなんねえ。まあ、いいだろう。その手に乗ってやろう」
こうして、新たに兵力増強を図ることになったゲーリッヒの許に、帰国するカリオテ大公国一行が州内を通過する旨の報告が入った。
皇帝を降りて以来、以前のような野人太子の恰好に戻っているゲーリッヒは、出産間近い妻のミラの傍にいた。
「ほう。カリオテっていうと、あの律儀そうなファイムっておっさんだな。いいぜ、通してやんな」
「はっ」
そのまま出て行こうとするガルム族の兵士を、ゲーリッヒは「あ、いや、ちょっと待て」と止めた。
「なんか気になるな。通すのは構わねえが、ちょっと様子を探ってみてくれ。くれぐれも気づかれねえようにな」
「畏まりました」
兵士が出て行くと、ミラが自分の大きな腹を撫でながら、口を挟んだ。
「あたいもあのおっさんは良く知ってるけど、裏も表もない凡人だよ。何が気になるのさ?」
南海の海賊としてファイムと戦い、その後同盟したラカム水軍の首領であったミラの意見に、ゲーリッヒは笑って応えた。
「おれにだってわからねえ。だが、予感がするのさ。これは、美味しい話かもしれねえ、ってな」
ゲーリッヒが自分の執務室に戻って程なく、兵士が報告に戻って来た。
大臣用の馬車に出入りする者の中に、小人族らしい姿があったという。
「ほう。例の商人の都サイカの代表で来てた、ギータとかいう爺さんだな。まあ、情報屋が本業だというから、出張ついでに沿海諸国に足を延ばすってことも、無くはねえか。が、ちいっと怪しいな。あの爺さんは獣人将軍やバロード女王の友だって云うしな。よし。おれが臨検する。足止めしろ」
「御意。して、容疑は何と伝えますか?」
ゲオグストはニヤリと笑った。
「決まってるじゃねえか。不法入国、いや、不法入州だ」
一方、ゲーリッヒ側の動きは、逸早く魔道屋スルージが気づき、ウルスラたちに知らせた。
そこで、馬車に集まって対応を話し合うことになった。
まず、ギータが皺深い自分の顔をツルリと撫でながら詫びた。
「すまんのう。たぶんわしの姿を目撃されたんじゃろう。まあ、ガルム族には、パシーバ族の『杜の番』のような者はおらんから、馬車の中までは探られてはおらんだろうが」
ファーンが首を振った。
「で、あればこそ、強引な手段で誰がいるか調べようとするはず。場合によっては、一戦交えなければならないかもしれぬ」
しかし、ウルスラが止めた。
「待ってちょうだい。こんなところで揉めたくはないわ。寧ろ、堂々と名乗り出ましょう」
その時、前方から「臨検である! 停止せよ!」という声が聞こえて来た。




