1278 遥かなる帰路(7)
魔道屋スルージの身体を乗っ取ったリーロメルは、ギータに対して、マオール帝国の現皇帝であるヌルサンが皇子であった頃、突如魔眼が使えなくなった事件の共犯者だろうと指摘した。
ギータは用心のため真っ黒になったスルージの目を見ずにではあったが、キッパリと答えた。
「惚けたところで、どうせ調べはついておろう。犯罪者のように言われるのは心外じゃが、確かにその場に居合わせたさ。が、もし、そのことで意趣返しをしたいのなら、わしを捕らえればよかろう。ラミアンには関係のないことじゃ」
スルージの顔で、リーロメルは狡そうに笑った。
「あなたは共犯者にすぎません。わたくしが本当に捕らえたいのは主犯、即ち獣人将軍ゾイアどのです。ゾイアどのに対しての人質という意味合いなら、あなたもあの若者も効果は同じです。しかし、ゾイアどの本人を連れて来れるかどうか、という点を考えると、あなたを泳がせる方が正解です」
唇を噛んで横で聞いていたウルスラが、我慢できずに口を挟んだ。
「そんなこと言ったって、ゾイアは行方不明なのよ!」
しかし、リーロメルの笑顔は変わらなかった。
「知っていますよ。だからギータさんにお願いしたいのです。人捜しの名人らしいではありませんか。そうそう、あの事件の時も、ご友人の情報屋マルコさんを捜しにわが国へ来たのでしょう? かれが無事かどうか気になりませんか?」
ギータも負けずに言い返した。
「脅しても無駄じゃ。そのマルコから先日手紙が来ていた。身の危険を感じるので暫く隠れるとな。おお、そうじゃ。その手紙の中で、ヌルサン皇帝が中原の魔道師を刺客に使っていると書いてあったが、それがおまえじゃな」
リーロメルの笑みが深くなった。
「そういうことです。わたくしは人を殺すことに、何の躊躇も感じません。なので、ご協力いただけなければ、あの若者が死ぬだけです。いかがですか?」
ギータは苦い顔で頷いた。
「致し方あるまい。ゾイアは捜そう。じゃが、ラミアンに若しものことがあれば、徒では済まぬぞ」
リーロメルは、お道化たようにスルージの両手を挙げて見せた。
「おお、怖や怖や。小人族に睨まれると結構不気味ですね。いいでしょう。ゾイアどのさえ渡してくだされば、あの若者は傷つけないとお約束しましょう。但し、期限を切ります。明日の日没までです。それまでに、ゾイアどのをアルカン湖の湖畔に連れて来てください。目印に小舟を繋いで置きますから、それに乗せてくださいな。言っておきますが、おかしな真似をしたり、刻限に遅れたりしたら、その瞬間に若者を殺しますよ」
「わかった」
「では、それまでの間、若者の見張りと世話のために、この魔道屋をお借りしておきます。わかっているでしょうが、後を尾行したりすれば、若者が死ぬだけですよ」
笑顔のまま、その場から跳躍して消えようとした。
「待って!」
そう言ったのはウルスラであったが、すぐに顔が上下して瞳の色がコバルトブルーに変わった。
半分消えかけていたスルージの身体がそこで止まり、面倒臭そうにリーロメルが訊き返した。
「何でしょう、ウルスさま?」
ウルスは今にも零れ落ちそうな涙を必死で堪え、必死で訴えた。
「お願い、ラミアンを殺さないで! 親友なんだ!」
リーロメルは鼻で笑った。
「だから言っているでしょう? ゾイアどのさえ渡してくだされば、ちゃんと生きたままお返ししますよ」
それに対して、ウルスは意外なことを告げた。
「ぼくも婚礼会場でチラッとあなたを見ました。その時、あれ、ラミアンに似てるなあ、と思ったんです。あなたもバロードの出身だというし、もしかしたら繋がりがあるのかもしれません。どうか、どうか、ラミアンを傷つけないでください……」
後は嗚咽となって喋れないウルスを見下ろし、半透明のスルージの顔でリーロメルはフッと吐息した。
「あなたも老師の教え子でしたね。いいでしょう。約束が果たされるまで、あの若者は大事にお預かりしておきます。では」
中途半端な状態であったスルージの姿が、今度こそ完全に消えた。
馬車の中にはリーロメルの結界が張られていたらしく、それと同時に外の物音が聞こえるようになった。
泣き崩れていたウルスが顔を上げると、瞳の色が再び限りなく灰色に近い薄いブルーに戻っていた。
人の好いファイム大臣は貰い泣きしながら、「わが国は全面的にご協力いたします!」と申し出たが、ウルスラは悲しげに首を振った。
「大袈裟なことをすれば、ラミアンの生命に関わります。それに、ゾイアも逃げるかも。ギータ、何か考えがあるのでしょう?」
ギータは皺の多い自分の顔をツルリと撫でた。
「考えというほどでもないが、あやつが隠れ里を出た理由を思い出したんじゃ。レイチェルからウルスラを護ってくれと頼まれたと言うておった。と、すれば、ロッシュ軍の進撃を止めた後、わしらを追って来ておるやもしれん」
ファイム大臣が「捜索隊を出しましょう」と言うのを、ウルスラは「待ってください」と制し、ギータに向き直った。
「色々あったから今でも繋がっているのかどうかわからないけど、『識閾下の回廊』から呼び掛けてみるわ。通じるといいんだけど」
「おお、そうじゃな。やってみておくれ」
ウルスラはその場で跪き、祈るように念じた。
「ゾイア救けて、お願い……」




