1277 遥かなる帰路(6)
「その目を見てはならぬ! 魔眼じゃ!」
咄嗟にそう叫んだのはギータであった。
だが、眼球全体が真っ黒になったスルージは、クククッと含み笑いをして首を振った。
「残念ながらこの技は、直接でなければ効き目がありません。間接的にも効果があるのなら、世界征服など容易いことでしょうがねえ。まあ、それにしても、こんなに早く身代金目当てでないことがバレるとは、いやはや、さすがに中原随一の情報屋、小人族のギータさんですねえ。少し揺さぶりを掛けてみようと企んだのですが、逆に、手間が省けたかもしれません」
何か言おうとするギータを制し、厳しい表情でウルスラが告げた。
「あなたが何者であるにせよ、ラミアンはわたしの大切な家臣よ。速やかに返しなさい」
黒い目のままでスルージは肩を竦めた。
「そうはいきませんねえ。せっかくの人質ですから。まあ、今のところ無事ですが、これからのお話次第では、手足の一二本は無くなることを覚悟してくださいな」
「やめて!」
悲鳴のような声を上げて顔を背けたウルスラに代わり、ギータが問うた。
「おぬしの目的は何じゃ?」
似つかわしくないニヤニヤ笑いを浮かべながらスルージが、いや、スルージの身体を乗っ取った相手が答えた。
「そこにいるファイム大臣がお金を出してくださるのなら、貰ってもいいと思ったのですが、まあ、どうせ端金でしょう。おっと、失礼。それでは説明させていただきましょう」
もう隠す必要もありませんから、最初に名乗っておきますね。
わたくしは、リーロメルと申します。
ええ、そうです。
今回の婚礼に、マオール帝国ヌルサン皇帝陛下の使者として参列した者です。
来賓の扱いではありませんでしたから、席はうんと離れておりましたが、一度チラリと目が合った気がしますよ。
え?
ああ、気がつかれましたか。
仰るとおり、わたくしはマオール人ではありません。
生まれは、実は、バロードなのです。
ですが、生まれて間もなく養子に出されましたので、愛国心を期待されても困ります。
女王陛下に対しても、微塵も忠誠心などございませんので、悪しからず。
わたくしの忠義の対象は今、ヌルサン陛下のみでございます。
今回、このような行為に及んだのも、少しでもヌルサン陛下のお役に立たんがためです。
関係ない?
いいえ、大いにありますとも。
まあ、お聞きなさい。
先程のお話の中で、このスルージさんがバスティル監獄で眠り込んだことと、今回の件が似ているとのご指摘がありましたね。
そのとおりです。
あの時もわたくしが眠らせました。
何のため、ですって?
決まっているじゃありませんか。
ロッシュさんに謀叛を起こしてもらうためです。
できれば、成功して欲しかったのですが、まあ、失敗しても、何も起こらないよりはマシだと思っていました。
結果はしかし、最悪でした。
謀叛が失敗しただけでなく、それを口実に魔女ドーラの勢力が削がれ、ヤーマンへの権力集中が速まってしまいました。
わたくしとしては、ガルマニアに強力な国家が成立することを、少しでも遅らせらせたかったのですが。
理由?
それはバロードと同じですよ。
ゲール帝の頃、バロードは滅ぼされかけていたでしょう?
広大な緩衝地帯を間に挟むとはいえ、バロードとガルマニアは隣国なのですよ。
ある程度大きな国にとって、自国より強大な隣国ほど厄介な存在はありませんからね。
マオールは遠いとお思いでしょうが、ある意味、最もガルマニアに近い国なのです。
その訳は、この際ですから、言っても構わないでしょうね。
わが国が現在、ガルム大森林を東西に繋ぐ新しい『森の街道』を造ろうとしているからですよ。
これができれば、正に隣同士になります。
まだまだ先の話ですが、その時、ガルマニアに強国があっては困るのです。
幸い、というと失礼ですが、ゲール帝亡き後、ガルマニア帝国は二代目三代目と暗愚な皇帝が続きました。
特に、自分は賢いと思っていた三代目のゲーリッヒには、わが国が直接深く喰い込むことができました。
あのままかれが帝位にあってくれれば良かったのですが、自滅し、ガルマニア帝国は崩壊しました。
時を同じくして東廻り航路が通行不能となり、わが国は中原への足掛かりを失ったのです。
ところがその後、わが国でもっと由々しき事件が起こりました。
どんな事件かは、後でお話しします。
さて今回、ガルマニア合州国の弱体化に失敗したわたくしは、このまま手ぶらでは帰れないと思い、手土産を探しておりました。
その時、ウルスラさまのご一行をお見掛けし、何かに利用できないかと尾行していたのです。
ああ、そして、ついに見つけたのです。
事件の鍵を握る人物をね。
さあ、愈々核心です。
事件とは、皇帝への最後の階を昇ろうとされていた当時のヌルサン皇子が、突如このイビルアイを使えなくなったことです。
事件は、タクラマール砂漠のオアシス、ラオーランで起こりました。
その後の調べで、主犯はどうやら獣人将軍ゾイアどのらしいと突き止めたのですが、共犯者の中に一人、小人族が居たようなのですよ。
ええ、そうです。
ギータさん、あなたですよねえ?
(作者註)
ゾイアとヌルサンの関わりについては、902 刑場皇子(1) ~ 917 刑場皇子(16)をご参照ください。




