1271 宴の後(3)
ドーラとハリスが大統領官邸を去った後、ヤーマンはコロクスと祝杯を上げた。
「正直、冷や汗もんじゃったが、何とか思ったとおりになったのう」
ヤーマンがニヤリと笑うと、コロクスも阿るように応えた。
「確かに。もうちっと魔女がゴネるかと思うちょりましたが、存外、アッサリ引き下がりましたの」
ヤーマンが鼻を鳴らした。
「そこがあの女子の強かなところだで。あの一瞬に彼我の戦力差を計算し、ここは一旦退いた方が得と判断したんじゃろう。そのミソはのう、ハリスに甘い処置をしたことと同時に、わしがドーラの戦力制限をしたことにあるだがや」
「おお、わしは逆ギレされんかと、内心ビビりましたがのう」
「ドーラも領地が減らされる覚悟はしちょったはずじゃ。その場合、現状の四万数千の兵力を維持するのは、どうせ無理じゃ。とても喰わせられんで、内部崩壊する。解雇するにしても、引き受け手がおらにゃあ、やっぱり叛乱が起きる。それをわしが制限する以上、余剰兵力はこっちへ引き取る、っちゅうことよ」
「じゃが、ただでさえエイサ戦で減った兵力を更に削られて、これからどうするつもりじゃろう?」
「当分は大人しゅうして、次の機会を待つ気だぎゃ。ここで暴れるようなら、一気に潰そうと思うたわしの策を、見事にスカしたでよ。これからも、油断しちゃあ、だちかんでよ!」
「へへっ」
「ところで」
ヤーマンは声を低めて尋ねた。
「オーネはどうしちょる?」
コロクスは狒々のような顔で、照れたように笑った。
「わしの妻にするちゅうたら、舌でも噛みゃあせんかと心配しちょりましたが、意外にしおらしゅう『よろしくお願いします』と頭を下げたでよ」
ヤーマンは顔を顰めた。
「ふん。魂胆は見え透いちょるわ。おみゃあを虜にして、もう一度権力を握ろうとしちょるんじゃ。だで、ドーラ以上に用心せにゃならにゃあでよ」
「へえ、そりゃあもう、わかっちょります」
そう言いながらも笑み崩れているコロクスを、ヤーマンは苦り切った顔で見ていた。
一方、官邸を出た後はハリスと口も利かずに帰ったドーラは、州都ネオバロンの城に到着するや否や、「酒を持って来よ!」と怒鳴った。
奥の方から「畏まりました」と返事があり、似合わないお仕着せの制服を身に纏った、柄の悪そうな髭面の男が出て来た。
口の部分は機械のようになっており、小さな鉄格子が嵌っている。
死んだ魚のような生気の無い目で一段高い席にいるドーラを見上げながら、意外に鄭重な言葉遣いで告げた。
「お帰りなさいませ、ドーラさま。一応、葡萄酒をお持ちいたしました」
「ゴチャゴチャ言わずに早う注げ、サンテ!」
「はっ」
サンテは短い階を昇り、ドーラの横のサイドテーブルに杯を置くと、酒瓶を傾け、少なめに注いだ。
それをドーラが一気に飲み干すと、二杯目はもう少し多めに入れ、それも一気に飲まれると、三杯目はタップリと杯を満たした。
尤も、ドーラはそのような気遣いには一顧だにせず、「ええい、腹が立つ」と独り言ちた。
普通の執事であれば「如何なされました?」とでも聞いてしまい、八つ当たりされるところだろうが、脳の殆どが腐って機械に置き換わっているというサンテは何も反応しない。
却ってドーラの方が焦れて、話し始めた。
腹の立つことは多々あったが、一番は自分自身の不甲斐なさぞえ。
いっそあの場で、ヤーマン、コロクス、ハリスの三名を殺し、丸ごと国を乗っ取ってやろうかとも思うたわさ。
が、部屋の外に十名以上の杜の番が構えておるのはわかっておったし、更に衛兵も二千人以上は官邸に詰めておる。
それでもわたしが本気を出せば、あの三人は斃せたかもしれぬ。
問題はその後さね。
泥沼のような内戦となり、案外ゲーリッヒ辺りが漁夫の利を拾うであろうな。
そこまで見越しての、ヤーマンの強気な態度であったのじゃ。
わたしとしては、ここは一歩下がって好機到来を待つしかないのさ。
ふふん。
案外、それは早いかもしれぬぞえ。
ヤーマンは、裏切られた腹癒せに、オーネをコロクスの嫁にしたようじゃが、あの毒婦がそれくらいのことでメゲるものか。
その証拠に、新しい州の名前はコロネとなっておるではないか。
つまり、コロクスとオーネの両名を併せたのじゃ。
まあ、見ておれ。
いずれコロクスは誑かされ、ヤーマンに叛旗を翻す。
その時こそ、あの猿に目にもの見せてくれるわ。
が、そのためには協力者が必要ぞえ。
いやいや、ハリスはもう駄目じゃ。
ヤーマンは一人娘のヤンの婿にハリスの息子を考えておるらしい。
まあ、半ばは、わたしとハリスの仲を裂くための虚言じゃろうが、可能性としてはある。
と、なれば、手を組む相手はゲーリッヒしかおらん。
わたし以上に戦力を制限されておるが、何と言うても元皇帝じゃ。
その知名度だけでもヤーマンに勝っておる。
うむ、そうじゃな。
その日のためにも、今は下手に動いて潰されぬようにせねばのう。
サンテよ、わたしはここで、当分のんびりするぞえ。
サンテは心がないかのように平静な声で、「嬉しゅうございます、ドーラさま」と応えた。




