1270 宴の後(2)
叛乱を起こしたロッシュと旧近衛兵に対する厳しい処分を伝えた後、ヤーマンは、次はドーラの番だと告げた。
すると、ずっと無表情のまま押し黙っていたドーラが、少し微笑みながら口を開いた。
「言うておくが、今回の謀叛に、わたしは一切関わっておらぬぞえ」
ヤーマンは、両方の眉を思い切り上げ、態とらしい驚きの表情を作った。
「そげなこと、考えたこともにゃあで。逆に、謀叛を未然に防ごうと、あの臆病者のジョレに、シャドフを斬れと命令したそうではにゃあか。まあ、とっくにジョレがシャドフに籠絡されちょることに気づかなんだのは、魔女らしゅうもにゃあ迂闊じゃがのう」
さすがにドーラは渋い表情になった。
「まあ、当てにした訳でもないが、それ以外に打つ手がなかったのじゃ。かというて、それを責められても困る」
ヤーマンは、ギョロリと目を剥いた。
「それでもおみゃあは軍事補佐官かや? 謀叛の可能性があるなら、真っ先にわしに伝えるべきでにゃあか?」
ドーラは思い切り鼻を鳴らした。
「謀叛の可能性があることぐらい、この国の人間で気づいていない者はおらんかったはずぞえ。いや、寧ろそうなるよう仕向けたのは、おぬしではないか? 幾ら何でもバスティル監獄の警備が手薄すぎたし、抑々もっと前の段階で、シャドフなり、ロッシュなりを始末する機会はあったであろう?」
ヤーマンの皺深い顔に、底意地の悪い笑みが浮かんだ。
「そっくりそのまんま、今の言葉をおみゃあに返そう。それをするのが、軍事補佐官の仕事ではにゃあか? いや、百歩譲って、それがわしの責任じゃあちゅうても、ロッシュ軍一万に完全に包囲された時、おみゃあはどこにおった?」
ドーラは平然と「おぬしと同じ会場におったではないか」と答えたが、即刻ヤーマンの「馬鹿にするでにゃあ!」という怒声が返って来た。
「会場におったのが幻影じゃということぐりゃあ、みんな知っちょるわ! 主人であるわしを置いて、さっさと自分だけ逃げくさって! この罪、きっちり償ってもらわにゃあ、だちかんでよ!」
ドーラは肩を竦め、開き直ったように、「好きに処分したらいいぞえ」とソッポを向いた。
と、ずっと黙って横で聞いていたハリスが、「まあまあ」と両者を宥めにかかった。
「補佐官として、力不足で、あったのは、わたしも、同じだ。今回は、幸いにして、ゾイアどのの、お力で、事なきを、得たが、われらは、今後一層、一致団結、すべきと思う」
ヤーマンは「おお、よう言うた」と、一旦は褒めた。
「じゃが、どうせ自分は罰せられにゃあと、高を括っとるようじゃのう。この、ど阿呆っ! おみゃあも同罪じゃ!」
と、ドーラがニヤリと笑った。
「成程のう。やっとわかったぞえ。目的はそこじゃな? なんだかんだと理由をつけて、わたしとハリスの力を削ぐつもりであろう?」
今度はヤーマンが居直った。
「わしの意図を曲解するのは勝手じゃが、たった今、おみゃあもハリスも自分の非を認めたではにゃあか。だで、わしは大統領として処断するだけだぎゃ」
ヤーマンは奥を振り向き、「持って来てちょう」と命じた。
普段は閉まっている執務室の奥の扉が開き、巫術師のコロクスが、書面が載った盆を両手で捧げ持つようにして運んで来た。
ドーラが片頬を歪め、「随分と手回しのいいことじゃの」と皮肉を言ったが、ヤーマンは相手にせず、厳しい表情でコロクスに「読み上げてちょ」と命じた。
「はっ。畏まりました」
婚礼の司会をした時同様、やや癖はあるが標準的な中原の言葉で書面を読んだ。
遺憾の条々。
軍事補佐官ドーラおよび民事補佐官ハリスの両名は、予てより合州国全体よりも自己の州の利益を優先し、職務怠慢も甚だしかった。
この度、不逞の輩が国家転覆を企てた事件に於いても、事前に捗々しい措置も講じず、剰え、主たるヤーマンの身の安全を蔑ろにし、己さえ助かればよいとの行動も散見された。
よって、本来であれば、両名ともに領地没収の上、極刑に処すべきところ、建国の元勲であることを鑑みて刑を減免し、以下のように処断する。
一、ドーラが管轄する領地のうち旧ヒューイ領は全て没収し、新たに筆頭特別補佐官となったコロクスに与え、パシーバ州の旧ジョレ領も併せてコロネ州とする。これに伴い、ドーラのバローニャ州の州軍は三万に制限する。
一、ハリスが管轄するガーコ州のうち旧リンドル領を分離し、その子息ハンゼに与え、ガイ州とする。尚、ハンゼの成人を待って令嬢ヤンの婿とする。
一、ガルム州を管轄するゲーリッヒを、新たに軍事補佐官に任じる。よって今後は、軍事に関することはドーラの独断に依らず、全て両者の協議によること。尚、民事補佐官は従来どおりハリスのみとする。
仍って件の如し。
読み終えたコロクスが静かに頭を下げるのと同時に、ドーラが激昂して叫んだ。
「こんな不条理な決定、断じて認めぬぞえ!」
ヤーマンはギョロリと目を剥いてドーラを睨んだ。
「これは温情ある処置だで。それとも、一戦交えるかや?」
が、ドーラはヤーマンにではなく、ハリスに文句を言った。
「おぬし、知っておったな!」
白頭巾で表情は見えないながら、ハリスは困惑した口ぶりで答えた。
「知らぬ。わたしは、自分が、処罰されることも、その内容が、このように、不可解なものとも、全く、知らなかった。まして、息子のことは、初耳だ」
その間に激情が去ったのか、ドーラは自嘲するように笑った。
「やられたぞえ。わたしだけでなくハリスも処分の対象と聞いて、万が一の時は連携しようと考えたが、蓋を開けてみれば、ハリスには、罰に見せかけた恩寵ではないか。しかも、恐らくはゲーリッヒにも根回しをしたようじゃな。先日のエイサ戦の痛手から回復せぬまま、自滅覚悟で戦うほどわたしも愚かではない。よかろう。この決定受け入れよう」
そのドーラの顔を穴の開くほど見ていたヤーマンは、「やっぱり喰えぬ女子じゃのう」と呟いたが、フッと笑うと、大きな地声で宣言した。
「これにて決着だがや!」




