1264 魔の婚礼(35)
飲食を供する一団と共に会場入りした魔女ドーラと白頭巾のハリスは、真っ直ぐ新郎新婦の席へ向かった。
傍まで来ると一礼し、お付きの者から最初の料理が載った皿を受け取り、ドーラは新郎ヤーマンの前に、ハリスは新婦オーネの前に、それぞれ皿を置いた。
ヤーマンは笑いながら、「毒は入ってにゃあじゃろうのう?」と茶化すように訊いた。
ドーラは肩を竦め、「お疑いならば、先にわたしが毒見をしても良いぞえ」と告げたが、ヤーマンは笑顔のまま首を振り、近くに居たコロクスを手招きした。
「おみゃあが毒見してちょう」
コロクスは「ほんじゃ、一口」と断り、行儀悪く指先で摘まんで食べた。
「おお、うんめえ。何も異常はにゃあです」
さすがに嫌な顔をするドーラに、ヤーマンは悪びれずに告げた。
「コロクスの代わりはおっても、今すぐドーラの代わりが務まる者はいにゃあでよ」
これにはコロクスが「え?」という顔になったが、それを吹き飛ばすように、ヤーマンは声を上げて笑った。
「冗談だがや。おみゃあらも遠慮せんと、じゃんじゃん飲み食いしてちょ」
その横では、再び不機嫌さを露わにしたオーネが、ハリスに出された料理には見向きもせず、「酒じゃ! 早う酒を持って参れ!」とお付きの者に命じていた。
その間、楽団の優しい調べに乗せて、専門の給仕たちが舞うようにして料理を運び、酒器に泡の出る葡萄酒を注いで回った。
勿論、未成年であるウルスラ女王には酒ではなく、葡萄から作った甘い飲み物が出された。
「ああ、あの子にも同じものをお願い」
ウルスラから頼まれた係の者が、同じ丸テーブルで高椅子に座っているギータのところへ行くと、「こう見えてもわしは大人じゃ。そっちじゃよ」と隣の席を示した。
そこには、ダークブロンドの髪の少年が料理にも手を付けず、俯いて座っていた。
「お飲み物をお注ぎします」
係から言われてハッと顔を上げると、瞳の色がアクアマリンの少年ゾイアであった。
「あ、はい、どうぞ」
しかし、注がれた飲み物に口をつけようとはせず、また俯いてしまった。
その横では、辛うじて成人になったばかりの秘書官ラミアンが、舐めるように酒を口にしながら顔を真っ赤にしている。
同じテーブルには当然タロスもおり、偶々隣に座ったバロード出身のリベラのフォルス将軍と旧交を温めていた。
その更に隣にカリオテのファイム大臣も笑顔で座っているが、丸テーブルの八名掛けの席のうち、ウルスラの真横だけが空席になっている。
「ジョレはどこへ行ったのかしら?」
ウルスラの呟きに、背後の空中から小声で返事があった。
「ご気分が優れないとのことにて、洗面所へ行かれました。ご心配なら、わたくしが様子を見て参りましょうか?」
「そうね。悪いけどお願いするわ。ああ、そういえば、スルージからの連絡はまだないの、カール?」
「はい。それも気になっておりますので、ジョレさまに異常がなければ、一旦外に出てみます」
「そうしてちょうだい。なんだか悪い予感がするの」
「畏まりました」
魔道師カールの気配が消えるのと入れ違いに、豪華なドレス姿のドーラが近づいて来た。
少し酒が入ったらしく、頬がほんのりと色付いている。
「おお、すっかり女王らしゅうなったのう、ウルスラ」
タロスやフォルスらが緊張の面持ちで立ち上がって来ようとするのを片手で制し、ウルスラは椅子から降りて優雅にお辞儀した。
「お久しゅうございます、お祖母さま。先日は、わたしたちの親友のゲルヌと揉められたと聞き、胸を痛めておりました。何でしたら、和平を仲介させていただきますわよ」
ドーラは唇を歪めて笑った。
「それには及ばぬ。今回は不覚を取ったが、まだ負けたとは思っておらぬぞえ。が、今は目出度い席じゃ。おまえも余計な差し出口を言う暇があったら、早う結婚する相手を見つけて、この婆を安心させておくれ」
ウルスラは負けじと皮肉な笑みを浮かべた。
「わたしはまだ子供。お祖母さまこそ再婚でもなさったら、少しは武張った気持ちが嫋やかになられるのではありませぬか?」
ドーラは盛大に鼻を鳴らし、「減らず口を叩きおって!」と吐き捨てるように言うと、プイッと顔を背けて行ってしまった。
いつの間にか傍に来ていたタロスが心配そうに、「大丈夫でしょうか?」と聞くと、ウルスラは大きく息を吐いてから、少し震える声で答えた。
「正直怖かったけど、これまでお祖母さまのしてきたことを考えたら、まだ言い足りないくらいよ。けれど、わたしもちょっと大人げなかったと反省してるわ。タロスも自分の席に戻ってちょうだい。あら、ジョレが帰って来たわ」
ドーラがテーブルから離れるのを待っていたらしく、ジョレは頻りにドーラの行方を目で追いながら、ウルスラの方に歩いて来た。
「す、すみません、女王陛下。カールどのから聞きましたが、ご心配をおかけしたようで。もう大丈夫でございます」
「良かったわ。さあ、あなたも少し食べたら?」
「ありがとうございます」
ジョレも席に着き、とりあえず喉を潤そうと酒を一口飲んだ。
その時、ジョレの視線の先にオーネの姿が見えた。
オーネはキツい目でジョレを睨み、見えない顎鬚を扱くような仕種を繰り返している。
「ぶっ、うぐっ、げほっ」
吹き出しかけた酒を慌てて飲み込み、ジョレは咳き込んだ。
「まあ、大丈夫?」
ウルスラが心配して背中を摩る間に、ジョレは懐から小さな薬瓶を取り出した。
同時に新郎新婦の席でガシャーンと何かが割れる音が響き、皆の注意が一瞬そちらへ向いた。
オーネが「ああ、ごめんなさい、みなさん! 皿を落としてしまっただけよ!」と詫びている僅かの隙に、ジョレは素早く薬瓶の中身をウルスラの飲み物に垂らした。
ウルスラの視線が戻った時には、「ちょっと焦って酒を飲んでしまいましたが、もう落ち着きました。ありがとうございました」と、何食わぬ顔で礼を述べたのであった。




