1263 魔の婚礼(34)
婚礼に際して異議の有る無しを問うのは形だけのもので、これに異を唱えるなどということは、通常はあり得ない。
当然、会場の全員が声のした方を注目した。
異議ありとの発言をしたのは、新郎ヤーマンの娘ヤンであった。
父に似て小柄ながら、身体に比べて長い手を精一杯に伸ばしていたが、会場中の視線を一身に集めて立ち上がった。
「うちは、こげにおかしな結婚、絶対に認めにゃあで。見てみいや、あの女子の嫌そうな顔。お父の臭いを嗅ぐのもたまらんと、息を止めちょる。目出度え日に言うことではにゃあが、先が思いやられるだがや。せっかく集まってもろうたお客にゃあ悪いが、すぐに取り止めてちょう!」
会場はザワついたものの、どちらかといえばヤンに同情的な雰囲気であり、それだけ新婦オーネの態度が目に余るものだったからであろう。
困ったのは舞台の上の三人だが、中でもオーネは蒼白になっていた。
実のところ、婚礼が中止されて本当に困るのは、オーネだけなのである。
ヤーマンの面目は当座は潰れるだろうが、かれの目的である自分の存在を中原中に知らしめるということには、却って好都合かもしれない。
その後、世間の同情を得て、もっと性格のいい貴族の娘でも貰えばいい。
コロクスに至っては、何が起ころうが痛くも痒くない。
だが、オーネの場合、この婚礼が成立しなければ何も残らないのだ。
確かにマインドルフの姪ではあるが、そのマインドルフが生きていない以上、何の後ろ盾にもならない。
一旦はヤーマンの嫁にならなければ、身分は徒の女官でしかない。
密かに進められている謀叛の計画にしても、オーネが正式に皇后になることが前提である。
それがわかっていながら、あからさまに不機嫌さを露わにしたのは愚かとしか言いようがない。
オーネもさすがにしまったという顔になったが、そこからの切り返しは見事であった。
クシャッと顔を歪めてポロポロと涙を零し、嗚咽しながら詫びたのである。
「ああ、ゴメンなさい、ヤン。実は、今朝ほどから気分が優れず、ずっと嘔吐を繰り返していたの。今も気を緩めると粗相をしそうで、口をキツく閉じていたのよ。決してあなたのお父さまを嫌っているんじゃないわ」
この言い訳は際どいもので、本人の妊娠を想像させてしまう可能性がある。
シャドフのことを知っている者は、さてこそは、と糾弾するであろう。
が、来賓の多くはそのような裏の事情は知らず、もし妊娠しているなら、相手はヤーマンに違いないと納得した。
そんな会場の空気の変化を見てとり、司会役のコロクスが取り成すように告げた。
「おお、これは寧ろ慶事やもしれませぬ。幸い、某は巫術師。吐き気に効く丸薬も所持しておりまする。ささ、オーネさま、これを服用なされませ」
コロクスが懐から取り出した怪しげな黒い丸薬を、オーネは穴が開くほど凝視していたが、覚悟を決めたのかそっと摘み上げ、会場の皆に良く見えるように高く掲げた後、目を瞑って自分の口に放り込んだ。
本当に効き目がある薬だったのか、多少は偽薬の効果もあったのか、それとも純粋にオーネの演技力の賜物なのか、パアッと表情が明るくなり、顔色まで良くなった。
「ああ、ありがとうございます。すっかり吐き気が止まり、爽やかな気分になりました。これでヤンにも安心してもらうことができ、笑顔で花嫁の務めが果たせます」
ヤンは反論したかったであろうが、会場を包む拍手喝采の中では、引き下がらざるを得なかった。
来賓の中でヤンに同情的なのはウルスラたちぐらいで、大半は、継母となるオーネに対する、ヤンの子供らしい反抗と見做したようだ。
オーネも二度と不機嫌な素振りは見せず、甲斐甲斐しい花嫁として振舞った。
その間、司会役のコロクスは機械的に儀式を進めていたが、ヤーマンは、今の一幕などなかったかのように上機嫌で、終始にこやかに新郎役を愉しんでいるように見えた。
愈々両者が婚姻の誓いをする段となり、中央に立ったコロクスが厳かに両者に尋ねた。
「新郎ヤーマンよ。そなたはオーネを妻とし、終生変わらぬ愛を、ここに集いし人々の前で誓うや?」
「誓うだぎゃ」
「新婦オーネよ。そなたはヤーマンを夫とし、病める時も貧しき時も、変わらず慈しみ、添い遂げることを誓うや?」
「勿論でございます!」
「それでは、これにて婚儀相整い、両者は晴れて夫婦となった。皆の衆、盛大なる拍手にて、祝福賜らん!」
会場が割れんばかりの拍手が巻き起こった。
拍手が収まるのを待ってコロクスは表情を緩め、口調もくだけたものに変えて告げた。
「堅苦しい儀式はこれで終わりだぎゃ。この後は、うんめえ料理と上等の酒で、飲めや歌えやで、大いに盛り上がってちょうでえ。さあ、女子衆、男衆、じゃんじゃん料理と酒を持って来てちょうよ!」
会場奥の扉が開き、なんと美々しく着飾った魔女ドーラと白頭巾のハリスを先頭に、豪華な料理と酒が運び込まれて来た。
だがこの時既に、ロッシュ軍一万は近隣まで迫っていたのである。




