1262 魔の婚礼(33)
シャドフに殺された部下と同じく、結果的に世界中を敵に回すことになるのではないかとの懸念を示す者たちに、ロッシュはさも自信ありげに秘策があるのだと説き伏せ、昼前には何とか一万を超える軍勢を搔き集めた。
「もう少し時間があれば、この倍以上になるのだが……」
不満を漏らすロッシュに、魔道屋シャドフはピシャリと告げた。
「そんな時間はねえ。もうすぐ昼になる。拙速でもいいから、相手に知られる前に攻め込むんだ。皇后宮には殆ど防御の設備はねえから、この人数で充分さ。つべこべ言ってねえで、早く出発しな、爺さん」
ロッシュは子供のように口を尖らせた。
「おいおい、少し口を慎め。これが上手く行けば、わがはいは副皇帝だぞ。それに、例の秘策とやらは、本当に大丈夫だろうな?」
シャドフは舌打ちしかけたのを辛くも堪え、笑顔を作って答えた。
「任せときな。じ、いや、あんたが攻め込むまでに、オーネと一緒に重要な客は城外に逃がす手筈になってる。残ってるのはヤーマンたちと、殺しても差し支えない雑魚ばかりだ。思い切り暴れていいぜ」
酷い話だが、ロッシュは寧ろ勇躍した。
「よしっ! わがはいの名を中原中に轟かせてくれるわ! 首を洗って待っておれ、猿め!」
「おお、その意気だ。じゃあ、おれは先に行って段取りをつけとくからよ。頼んだぜ、未来の副皇帝陛下」
「うむ、吉報を待っておれ!」
作り笑顔のまま飛び立ったシャドフは、上空に来ると思い切り舌打ちした。
「阿呆め。そんな秘策なんかあるかよ。逃げるのはオーネと人質のウルスラ女王だけだ。その女王だって、生かして返すつもりはねえ。だが、全ての罪はあんた一人に着せて死んでもらうから、こっちは何も心配は要らねえのさ。これが本当の秘策だよ、爺さん。まあ、あんたがそれに気づくのは、死ぬ時だろうがな」
嘲笑いながら、シャドフは皇后宮へ向かった。
その皇后宮では、愈々婚礼の儀が執り行われようとしていた。
尤も、宗教色の薄いガルマニアらしく、婚礼の誓いは神に対してではなく、列席する貴賓たちに向かってなされる。
贅を尽くして盛大な生花が飾り付けられた大広間の中央に、一段高い円形の舞台が設えられ、それを同心円状に囲むようにテーブルと椅子が並べられている。
その一角には楽団がおり、ずっと静かな楽曲を演奏し続けていたが、不意に曲調が華々しいものに変わった。
その音楽に合わせて最初に登壇したのは、たくさんの硝子玉を通した紐を何本も首に掛け、それをジャラジャラと鳴らしながら踊るように歩く巫術師コロクスであった。
何事かをブツブツと呟きながら、狒々のような顔を顰めて太った身体を震わせており、或る種の恍惚状態のようだ。
儀式の場所を浄めるためであろう、壇上をグルグル歩き廻りながら、何かを指先で弾くような仕種を繰り返している。
と、舞台中央に立ち止まり、激しく足踏みした。
「シュドゥビラハイマカヌン、ヤサーッ!」
叫びながら両手を広げ、大きく左右から回して正面でパーンと手を鳴らした。
同時に正気に返ったのか、にこやかな笑顔で宣言した。
「これより、パシーバ族の誇り、知略並ぶ者もなき名将にして、温情溢るる偉大なる為政者、大統領ヤーマン閣下と、その美貌比類なく、思いやりと慈しみに満ちた貴婦人にして、かの賢帝マインドルフ一世陛下の姪、皇后オーネさまとの、ご婚礼の儀を始めさせていただきまする!」
所々抑揚の怪しいところはあったものの、コロクスが標準的な中原の言葉で口上を述べ終わると、楽団から高らかな喇叭の音が響き渡った。
同時に場内は拍手に包まれ、それに押されるようにして舞台左右から新郎新婦が上がって来た。
小柄なヤーマンは派手な衣装に埋もれそうであったが、その皺深い顔には満面の笑みを浮かべていた。
一方のオーネは、ドレスこそ絢爛豪華であったが、その顔は嫌悪感を露わにしており、とても花嫁の表情とは思えない。
が、コロクスは躊躇なく、すぐに両人を手招いた。
「ささ、ここへ並んで立たれよ。お客さまたちも待ちかねておられるぞ。さあ、早う!」
当然ヤーマンはスッと移動したが、オーネはソッポを向いている。
会場も多少ざわついたが、さすがに口出しする者はおらず、固唾を呑んで見守っている。
焦ったコロクスが、「花嫁は緊張で足が動かぬようだ」と言い訳しながらオーネの手を引こうとしたが、押し殺した声で「触るな、下郎」と叱責されて、手を引っ込めた。
しかし、これ以上拒否すれば肝心の婚礼が成立しないと諦めたらしく、「わかってるわよ。行くわよ」と囁いた。
オーネは大きく息を吸ってから息を止め、固く口を閉じたままヤーマンの横に並んだ。
困惑するコロクスに、凍りついたような笑顔のヤーマンが小声で命じた。
「ええから、もう始めてちょう」
コロクスは黙って頷くと、来賓の席に向かって大声で尋ねた。
「この婚礼に異議のある者は、有りや無しや?」
すると、来賓以外のところから返事があった。
「異議あり!」




