1257 魔の婚礼(28)
来賓として入城したカリオテの海軍大臣ファイムは、ヤーマンへの挨拶もそこそこに、真っ直ぐウルスラの部屋に上がって来た。
「お久しぶりでございます、女王陛下!」
懐かしい相手の出現に、ウルスラも昨日からの心配事を忘れ、破顔一笑した。
「本当に何年ぶりでしょう。戴冠式の時は、スーラ大公殿下お一人でしたし、母国を追われて逃亡生活をしていた時に匿っていただいて以来かしら? ああ、そうそう、お嬢さまのリサさんはお元気?」
「はい。親の口から言うのも何ですが、実に見目麗しい娘に育ちました。もし、ウルス王陛下さえ宜しければ、いつでも嫁入りさせる所存です」
ウルスラは苦笑いした。
「そんなことを仰ると、恥ずかしがってウルスが出て来れなくなりますわ。え? 自分で聞きなさいよ」
最後の言葉はウルスに向けてのもので、顔が上下すると、瞳の色が鮮やかなコバルトブルーに変わった。
「でも、リサちゃんはもう、ぼくのことなんか忘れてるでしょう?」
ファイムは満面の笑みで首を振った。
「とんでもない。いつも陛下のことが気になるようで、戴冠式の時など、自分も一緒に行きたいと大公殿下に直談判したくらいです。ですが、直前に熱を出してしまい、泣く泣く諦めたのです」
ウルスは少し顔を赤らめた。
「覚えててくれたんだ。あ、そういえば、ここへ来る前、霊癒族の隠れ里に行ったんですけど、リサちゃんと同じ名前のおばあさんに会いましたよ」
「おお、リサンドールさまに会われたのですか! 実は、娘の名前は、リサンドールさまに肖って付けたのです。わたしが若かりし頃、海賊との戦いで大怪我を負い、生死の境を彷徨った際、態々カリオテまで往診に来ていただいたことがあるのです。生命を救ってくださった恩を忘れぬよう娘の名にしました。なので、リサは愛称で、正式にはリサンドールという名なのです」
「へえ、そうなんですね。またリサちゃんに会いたいなあ」
何故かファイムの顔が曇った。
「今回も行きたいと駄々を捏ねたのですが、わたしが止めました」
ファイムの表情を見て、さすがにウルスにもピンと来た。
「危険、だからですね」
ファイムも渋い顔で頷いた。
「少なくとも、安全とは申せません。今回、大公殿下ではなくわたしが参ったのも、万が一を慮ってのことです。わが大公はウルスラ女王のように跳躍はできませんし、遙々と千人の警護兵を連れて来るような余裕もございませんからね。その点わたし一人であれば、たとえ大勢に囲まれても敵中を突破して逃げる自信はありますよ」
と、ちょうど自分の部屋から戻って来たタロスが笑って、「それは同感ですが」と弁解した。
「千騎の警護兵は、わが国としてもギリギリの選択なのです。これより多くては相手に警戒されるし、少なくては両陛下を護れません」
ファイムは慌てて手を振った。
「いえいえ、決して批判しているのではありません。どこの国や自由都市も危険を考慮して、言い方は悪いですが、二番手三番手を出席させている中、バロードの勇気ある行動に驚いているのです」
それには素早くウルスと交替したウルスラが応えた。
「我儘なのかもしれませんが、これはわたしの信念からの行動なんです。今回を無事に乗り切れば、より一層国際間の親善が深まると考え、タロスたちには無理をさせました」
殆ど同時にファイムとタロスが「すみません!」と詫びた。
互いに譲り合った後、先にファイムが述べた。
「陛下の深いお考えとお覚悟も知らず、差し出たことを申し上げてしまいました」
タロスも続けた。
「ウルスラ陛下、わたしたちは今回の任務を誇りに思っていますよ。ですが、わたしも知らず知らずのうちに、カリオテに妙な対抗心を燃やしてしまったようです。改めましてファイム閣下、すみませんでした。帰ったら、閣下の弟ツイムに笑われます」
ファイムも苦笑した。
「いや、わたしこそツイムに叱られます。本当にすみませんでした」
その時、部屋の外からパチパチと小さな拍手が聞こえた。
「おお、良かった良かった。こんなところで、バロードの陸軍大臣とカリオテの海軍大臣が殴り合いでも始めたら、わしが間に入って止めるしかないと身構えておったわい。入ってもいいかの?」
その声にハッとしたウルスラが、「ああ、どうぞ入ってちょうだい、ギータ」と告げた。
すると、ポーンと弾むようにして、小さな人影が飛び込んで来た。
小人族の情報屋、ギータである。
常人より体格のいいタロスとファイムの間に立つと、まるで子供のようだ。
皺深い顔で苦笑している。
「さっきファイムどのも言うておったように、サイカもライナでのうて、二番手三番手のわしが出席するのじゃよ。が、わしが途中で会うた相手を知ったら、ライナが泣いて悔しがるじゃろうな」
ウルスラは、驚きと期待と不安が入り混じった表情になった。
「それって、まさか……」
ギータは得意そうに笑って振り返った。
「良いぞ、入って参れ!」
おずおずと扉の陰から顔を覗かせたのは、少年の姿をしたゾイアであった。




