1255 魔の婚礼(26)
引き摺らるようにオーネの部屋に連れ込まれたジョレは、室内の淫靡な内装を見て、しまったという顔になった。
「これはマズい。あ、いや、その、あらぬ誤解を受けてしまう。どこか別の部屋にした方がいいんじゃないかな?」
が、オーネは態と困らせるように、ジョレにしなだれかかった。
「いいじゃないの、誤解されても。いいえ、いっそ誤解じゃないことにしても、いいのよ」
「そ、そんな、つもりは、うっ!」
焦るジョレを、オーネは嘲笑いながらドンと突き離したのであった。
「調子に乗るんじゃないよ! あんたなんかを、本気で口説く訳ないだろう。揶揄っただけさ。けれどもし、あんたが裏切ろうなんてしたら、今迄聞いたことのないような悲鳴を上げて、あんたに襲われたって言うわ。それでもいい?」
「そんな! わたしを嵌めたのか!」
オーネは眉を顰めた。
「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。これから話すことを聞いたら、あんたも喜ぶはずよ。聞く? それとも悲鳴を上げられたい?」
ジョレは泣きそうな顔で「聞くよ」と答えた。
じゃあ、話すわ。
明日の婚礼が、政略結婚なのは知ってるわよね。
ヤーマンの猿はあたしと結婚することで、叔父マインドルフからの権力継承を正当化し、併せて叔父の知名度を利用したいと思ってるわ。
だから、婚礼さえ成立すれば、あたしを捨てるつもりよ。
それも、あたしの方が悪いという状況を拵えた上でね。
最初はシャドフのことを理由にしようと考えてたみたいだけれど、今は、ロッシュの件に託けようとしてるわ。
そう簡単に行くもんか、クソがっ!
あら、思わず端ない言葉が出ちゃったわ。
まあ、それでシャドフと色々話し合ってみたのよ。
勿論、ヤーマンを暗殺することも検討したわ。
でも、これは無理ね。
杜の番が総掛かりで護ってるし、いざとなったら、ガッチリ防護殻で囲って一気にパシントン特別区まで跳躍するでしょうね。
でも、その場合、あたしはすぐにアーズラム帝国の復活を宣言し、三代目の女帝として権力奪取に動くわ。
これは周知の事実だけれど、叔父を斬って二代目皇帝となったノッポのアラインは、あたしとの結婚を望んでいたの。
それなのに、あのシミアに攻められ、ロッシュの裏切りで殺されてしまった。
だから、元の婚約者の仇という名目で、ヤーマン追討を国中に布告するの。
え?
内戦になるって?
そうよ。
そうなった方がいいわ。
ヤーマンは、殆どの人が聞いたこともないような少数部族の出身よ。
絶対に、あたしの方に多くの兵が集まるわ。
でもね、ヤーマンだって、それぐらいのことはわかってる。
だから、逃げる前に、必ずあたしの身柄を押さえようとするわ。
あんたには、それを防いで欲しいの。
ええ、そうよ。
婚礼が済み次第、一時的に身を隠すわ。
その間に、シャドフがロッシュの爺いを焚き付けて叛乱を起こさせる。
いい考えでしょう?
ふん、わかってるわよ。
あたしが捕まったら、終わりよ。
シャドフにしろ、ロッシュにしろ、そうなったら大義名分を失くすわ。
あたしは、絶対に逃げ延びなきゃならないのよ。
そのためには、人質が要るわ。
もうわかったでしょう?
そうよ、ウルスラ女王よ。
脱出したヤーマンが攻めて来るなら、ウルスラを殺すと言うの。
え?
関係ない?
あるわよ。
たとえ理由が何であるにせよ、女王を殺されたバロードが、黙っていると思う?
そう。
第三次のセガ大戦が勃発するわ。
ヤーマンにそこまでの度胸はないはずよ。
いえ、本人にあっても、周りが止めるわ。
わかったわね?
あたしが生き残れるかどうかは、あんたがウルスラを人質にできるかどうかに掛かってるのよ。
さあ、話は以上よ。
後は明日の本番を待つだけ。
そうそう、合図を決めとかなきゃね。
うーん、そうね。
あっ、そうだわ。
あたしが顎鬚を扱くような仕種をしたら、ウルスラに消魔草を飲ませて。
その後、山羊の鳴き真似をしたら、攫ってちょうだい。
どう、わかった?
ジョレは何度も溜め息を吐いたが、なかなか返事をしない。
オーネは顔を近づけ、「悲鳴を上げさせたいのね」と笑ながらい、大きく息を吸った。
ジョレは慌ててガクガクと頷き、「わ、わかった」と答えた。
陰謀渦巻く皇后宮から遠く離れた霊癒族の隠れ里では、記憶を失くし、少年の姿となったゾイアが、橋の上からボンヤリと水路を眺めていた。
「ちょっといいかしら、ゾイア?」
ハッとして声の方を見ると、赤ん坊を抱いた妊婦が立っていた。
元皇帝ゲルカッツェの妻レナである。
赤ん坊は限りなく灰色に近い薄いブルーの瞳をしているから、レイチェルの方だ。
ゾイアは含羞みながら「ええ、いいですよ。今日の仕事は終わったので」と答えた。
レナは微笑んで、抱いているレイチェルを前に出した。
「実は、用があるのはこの娘なの。聞いてあげてね」
「はあ」
戸惑うゾイアに、レイチェルはたどたどしい喋り方で告げた。
「ウルチュラ、タチュケテ。オネガイ、ジョイア」
「え? ぼくが?」
驚くゾイアに、レナがすまなそうに説明した。
「ゴメンなさいね。本当は自分が行きたいみたいなんだけど、わたしの出産が間近だから、代わりに行って欲しいんだって。でも、無理よね」
ゾイアは、何かに突き動かされるように答えた。
「ぼく、行きます!」




