1253 魔の婚礼(24)
その頃皇后宮では、ウルスラたちがヤンの部屋へ行くより来てもらった方が安全だろうということになり、ヤンとハンゼもウルスラの部屋に合流していた。
二人とも、年齢はウルスラとほぼ同じである。
しかし、面識のあるハンゼはともかく、ウルスラと初対面のヤンは、緊張を隠せなかった。
それを見てとり、ウルスラは自ら近づき、微笑みながらそっとヤンの手を握った。
「初めまして、ヤン。わたしのこともウルスラと呼んでね」
感激と不安が同時に襲って来たらしく、ヤンはポロポロと涙を零した。
「うちのお父を救けてちょう」
「勿論よ。でも、そのためには、色々と事情を知らなければならないの。幾つか質問をするけど、いい?」
「それはええけど、うちも謀叛の詳しいことは知らにゃあで。お父は、ちゃんと考えちょるから心配にゃあとしか言わんだぎゃ」
ウルスラは、ヤンの手をホトホトと軽く叩いた。
「違うわ、ヤン。わたしが知りたいのは、あなたのお父さまがどのような人か、といことよ。例えば、どんな食べものが好きとか、あなたが小さい時どんな遊びを教えてくれたとか。つまり、お父さまの為人を知りたいの」
当然ながら、ヤンは戸惑った。
「それが何か役に立つのんかや?」
「ええ。その人がどんな人かわかれば、行動が予想できるわ。だって、あなたのお父さまの人物像はまだ、中原の殆ど誰もが知らないのよ。護るためには、相手をよく知らなきゃね」
「そんなら、何でも聞いてちょ」
「じゃあ、取り敢えず座って、薬草茶でも飲みながら話さない? ハンゼも一緒にどう?」
気を利かせたラミアンが、付設された給湯室へサッと動いた。
が、室内にはタロスとカールの姿は見えない。
例によってカールは隠形しているのかもしれないが、タロスは別の場所に向かっていた。
準備の途中でドーラが居なくなってしまったため、明日の会場となる大広間に残されたハリスは、多忙を極めていた。
「そうだ。その飾りは、そこで、良い。ああ、そっちは、違う。入口の方へ、移動させ、てくれ」
と、視線が入口に動いたため、ハリスの目に部屋の中に入って来るタロスの姿が映った。
「おお、正に、瓜二つ、だな」
白頭巾のために表情まではわからないが、ゾイアと因縁深いハリスの声には、驚きと戸惑いが相半ばしているようだ。
タロスは苦笑しつつも、同じく元首を補佐する立場の者として、尋常に挨拶を述べた。
「ご存じかと思うが、わたしはバロード連合王国陸軍大臣のタロスだ。あなたもよくご存じのゾイア参謀総長の直属の部下となる。お見知り置き願いたい」
「うむ。事情は、凡そ、ゾイアどのから、伺っている。が、直に、ご尊顔を、拝すると、はしたなくも、驚きの声を、上げて、しまった。どうか、お気を悪く、されぬよう」
「こちらこそ、どうか気にされないよう、お願いする。ゾイアどのを知っている方がわたしの顔を見ると、最初は当然驚かれるが、すぐに二人が全くの別人であることを納得する。自分ではよくわからぬが、わたしは生真面目で堅苦しい男らしい」
笑いながら告げるタロスに、ハリスも笑いを含んだ声で返した。
「実は、わたしも、そうだ」
「ほう。ハリスどのと云えば、中原一の智慧者と聞いていたが」
「言い方を、変えれば、中原一の、嘘つき、ということだろう? しかし、だからこそ、真面目で、正直で、なければ、誰からも、相手に、されなくなる」
「おお、正にそうだな。うむ。おぬしとは気が合いそうだ」
「わたしもだ。良ければ、一献、酌み交わしたい。これから、わたしの部屋に、来てくださらぬか?」
「わたしは構わぬが、おぬしは忙しいのではないか?」
「ザッと、手配は、済んだ。この後また、多忙になる。じっくりと、お話するなら、今しかない」
些か鈍いところのあるタロスにも、さすがにピンと来た。
密談したい、ということであろう。
タロスはできる限り自然に返事をした。
「それは有難い。わたしも少し飲みたいと思っていた。お言葉に甘えよう」
「それは、良かった。さあ、こちらへ」
タロスがハリスと去った後、大広間に皇后オーネが下りて来た。
見るからに不機嫌そうであるため、飾り付けの準備をしている者たちは、皆忙しいフリをして誰も近づかない。
オーネは苛々して、「どうしてドーラもハリスもいないのよ!」と文句を言った。
偶々視線が合った女官の一人が、蛇に睨まれた蛙のように震えながら答えた。
「ドーラさまは外出中、ハリスさまは休憩中であられます」
「まあ、なんて無責任な! 明日がこの国にとってどれほど大事な日なのか、わかっているのかしら?」
この国にとってではなく、自分にとってであろうが、女官は何も反論せず、忙しさを装って足早に立ち去った。
代わりの犠牲者を物色するよう見回すオーネが、ニヤリと笑った。
一人だけ働かず、壁の花のように呆然と立ち尽くす男を発見したのだ。
つい先程外出から戻ったばかりのジョレであった。
服や鬚に砂が付いているのは落馬したからだが、それを払い落とす気力もないらしい。
ウルスラ女王と顔を合わせるのが気まずいため、館内をウロウロしているのだろう。
そこへ、スーッとオーネが近づき、小声で囁いた。
「シャドフからウルスラを人質にするって聞いたけど、そんなのまだるっこしいわ。いっそ、一思いにヤーマンを斬ってちょうだい」




