1251 魔の婚礼(22)
馬を借り、皇后宮周辺を視察しながら、ジョレはずっと独り言ちていた。
こんなことならヒューイともう少し仲良くしとくんだったな。
行き掛かり上、土地鑑があるようなことを言ったが、こんな場所、見たこともないぞ。
まあ、あのヒューイの鼻持ちならない貴族趣味の城になんぞ、呼ばれても行かなかったろうが、抑々呼ばれもしなかったからな。
それどころか、境界を接していたから領土争いが絶えず、ずっと緊張関係が続いていた。
ガルマニア帝国末期の内戦では敵味方に分かれたし、結局、一度も打ち解けたことはなかったな。
考えてみれば、八方面将軍のうち生き残ったのは、わたしも含めて三名だけで、しかも、その一人のザネンコフは現役を引退したそうだ。
まあ、その原因を作ったのはわたしだが、その記憶がない以上、責任はないさ。
あれ、何の話だっけ?
そうか。
八方面将軍のことだったな。
結果的に一番得をしたのは、あの白頭巾のハリスじゃないか。
大統領補佐官って大層な肩書の上に、ガーコ州の州総督として旧帝国の四分の一を領有してやがる。
それに引きかえ、わたしはどうだ?
何もかも失って、乗る馬さえ他人に借りるしかない。
こんな不公平があっていいのか?
少なくとも、自分の旧領の行政長官ぐらいになったって、おかしくはないだろう?
ああ、そうとも。
ドーラも言ってたじゃないか。
見も知らぬバロードの田舎へ行って千人長なんかになるより、その方がずっといいさ。
だから何としても、ドーラの命令どおり、魔道屋シャドフとかいう男を抹殺せねばならんのだ。
おお、やるとも!
わたしは、あの剣豪将軍ザネンコフに勝った男だぞ。
まあ、記憶はないがな。
ともかく、高が魔道屋風情に後れを取るようなことは、断じてない!
……ん?
何だ、この蜘蛛の糸みたいなものは?
馬上で喋り続けていたジョレの耳元に、風に乗って細い糸のようなものが流れて来て、ピタリと貼り付いた。
ジョレが反射的にそれを払い除けようとした時、その糸から声が聞こえた。
「おっと待ちな。おめえに話があるんだ」
「な、何者だ?」
ジョレは急いで周辺を見回したが、街路樹とも云えないほど疎らな樹々が生えているくらいで、人影一つ見えない。
と、また声が聞こえた。
「キョロキョロするなよ。せっかくの魔道糸が外れちまう。おれが誰かって? おめえの馬上の名演説に感心したから、特別に教えてやろう。おれはシャドフって名の、しがねえ魔道屋さ」
「何だって!」
思わず落馬しそうになった体勢を立て直すと、ジョレは腰の長剣を抜いた。
「ううぬ、よくもいけしゃあしゃあと! いざ尋常に、勝負せよ!」
その拍子に糸が外れ、声が聞こえなくなった。
ジョレはその場で馬を回転させながら、やや強がるように声を張った。
「どこへ逃げた!」
と、近くの樹上の空気が朧に揺れ、吟遊詩人のような尖がり帽を被ったシャドフが姿を現した。
皮肉な笑みを浮かべながら、スーッとジョレの方へ下りて来る。
が、剣の間合いの倍ぐらい離れた位置で空中に停止し、「おいおい」と笑いかけた。
「こっちが人目につかねえように配慮してやってんのに、ブチ壊しじゃねえか。まあ、幸い近くに人はいないようだ。少し話をしようぜ」
ジョレは山羊のような鬚を震わせて叫んだ。
「煩い! おまえと話すようなことなどない! ここへ下りて来い! 成敗してくれる!」
シャドフは空中で肩を竦めた。
「やれやれ。せっかくいい話を持って来てやったのに、聞く気がねえなら仕方ねえ。ドーラの婆さんに騙されて自滅しても、自業自得と諦めてくれ。じゃあな」
そのまま飛び去ろうとするシャドフを、ジョレは慌てて呼び止めた。
「ま、待て。わたしがドーラに騙されているとは、どういう意味だ?」
シャドフは思わずニヤリとしそうになったが、同情するような顔を作って振り返った。
「決まってるだろう、相手は魔女だぜ。いいようにおめえを利用して、全ての罪を着せて始末するつもりさ。今までのことを、良く思い出してみなよ」
実際のところジョレとドーラの関係は、騙したり騙されたり、裏切ったり裏切られたり、どちらもどちらなのだが、そう言われると、ジョレには全部ドーラが悪いような気がして来たらしい。
「おお、そうだ。わたしはいつもドーラに利用された。今のこの状態になったのも、考えてみれば、ドーラに唆されたのが原因だ。ううっ。危ない危ない。また騙されるところだった」
シャドフは、らしくもない真面目な顔をして見せた。
「だろう? 悪いことは言わねえ。あんな魔女の命令なんか無視して、おれたちの仲間になれよ。明日の大仕事が上手く行きゃあ、オーネは女帝になれる。そうなりゃ、おめえの旧領だけじゃなく、帝国の半分を与えて副皇帝にしてもいいって言ってるぜ。どうだ、乗らねえか?」
ジョレは何度も生唾を飲んでから、コクリと頷いた。
「承知した。それで、具体的には、わたしは何をしたらいい?」
シャドフは改めて周辺を警戒すると、声を低めて告げた。
「いざという時、バロードの女王を人質に取ってくれ」




