1248 魔の婚礼(19)
ハンゼのことはヤンから聞いていたらしく、ヤーマンは「おお、おみゃあがハリスの倅かや」と笑った。
「ヤンは草臥れたっちゅうて、部屋に引っ込んじょるが、なあに、どうせ仮病だで。誰かに案内させるから、一緒に部屋で遊んだらええ」
と、ヤーマンの傍らに立っていたコロクスが、「わしが連れて行くだぎゃ」と進み出た。
ヤーマンは「何もおみゃあが」と止めようとして、狒々に似たコロクスの意味ありげな表情を見て、「なら、頼むだで」と目配せした。
子供とはいえガイ族の族長を代行しているハンゼに、色々と探りを入れられることを警戒したのであろう。
大人二人の思惑はともかく、ハンゼは素直に頷いてコロクスについて行った。
それを見送りながら、ヤーマンは猿のようだと云われる顔に皺を寄せて苦笑した。
「わしもあんな子供に怯えるようじゃ、だちかんで。まあ、油断はできにゃあが、ドンと構えておらにゃあでは、客に舐められるだがや」
と、また玄関の方に人の気配がして、白いものが見えた。
「閣下、すまぬ。息子が、先に行ったと聞き、慌てて、追って来た。もう、顔を見せた、だろうか?」
詫びながら入って来たのは、ガーコ州の州総督兼大統領補佐官である白頭巾のハリスであった。
その如何にも息子が心配というハリスの様子を見て、ヤーマンも人懐っこい笑顔に変わった。
「来ちょる来ちょる。今頃はわしの娘のヤンと遊んじょるじゃろ。おみゃあの息子も男親一人の一人っ子で、ヤンと気が合うんじゃろうのう。いつの間にか、大親友みてえになっちょるわ。だで、なあんも心配にゃあでよ」
「おお、それならば、安心だ。では、わたしは、会場の、最終確認を、始めて、良いだろうか?」
「勿論だぎゃ。本来なら、両補佐官揃うてからと思うちょったが、どうせ女子の支度は遅れるもの。ドーラとて、披露宴にどのドレスを着て行こうかと迷うちょるじゃろ」
するとまた、玄関から声が聞こえた。
「いえいえ、婚礼の主役はあくまでも花嫁じゃ。わたしがあまり粧し込んでは、物笑いの種になりましょう。それに、こう見えても軍事補佐官故、常在戦場の覚悟ぞえ。ドレスどころか、軍服を着たいくらいじゃ」
そう言いながらも、入って来たドーラは目の醒めるような派手な色彩のドレスに身を包んでいた。
見た目の年齢も、いつもの美熟女より幾分若くなっているようだ。
ヤーマンの皮肉な笑みに気づくと、「ふん。これは普段着ぞえ」と開き直った。
ヤーマンもそれを咎めるほど不粋ではなく、持ち前の明るい声で両補佐官に命じた。
「二人が揃うたなら重畳。すぐに会場入りして、明日の段取りを詰めてちょ」
「はっ」
「了解ぞえ」
二人が会場となる大広間の方へ出て行くのと入れ違いに、コロクスが戻って来た。
「ヤンさまは大層な喜びようで、ずっと二人で喋り合うちょります」
が、ヤーマンは既に父親の顔ではなく、権謀術数の限りを尽くして今の地位まで昇り詰めた男の顔になっていた。
「そんなことはええ。おみゃあは会場に入ったドーラとハリスに怪しい動きがにゃあか、チーンと見張っとれ」
「わかっちょります。もう杜の番が四五人張り込んじょります」
ヤーマンの返事は「ど阿呆!」であった。
「部下に任せんと、おみゃあも行くんじゃ!」
「ぎょ、御意!」
慌ただしくコロクスが出て行くと、急に外が騒がしくなった。
多くの人馬の声が響き、「バロード連合王国、ウルス/ウルスラ両陛下ご一行の到着でござりまする!」との先触れも聞こえて来た。
ヤーマンは改めて社交用の笑顔を作った。
「さあ、主賓のご到着じゃ。今回の婚礼が諸外国に認められるのに、欠かせにゃあ客だで。ご機嫌を損じにゃあよう、べんちゃらを百万回でも言わにゃならん。全く忙しゅうて、おえりゃあせんのう」
一方、早々と自分の部屋に籠った皇后オーネは、窓を大きく開き、外ばかり見ていた。
「もうっ、気持ち悪いったらありゃしない! たとえ冗談でもあんなこと言われたくないわ! 夫婦なら同衾が当たり前ですって? 鳥肌が立つわ! もうあのシミアの声なんか聴きたくもない!」
オーネは深い溜め息を吐いた。
「ああっ、シャドフはどこで何をしてるのかしら? 何だか避けられてる気がして、しょうがないんだけど。本当に浮気なんかしたら、徒じゃおかないんだから。あの人はわたしのものよ。逃げたって、地獄の底までついて行くわ。本当に……あら? これは?」
風に乗って細い蜘蛛の糸のようなものが飛んで来て、オーネの耳に貼りつくと、そこから声が聞こえて来た。
「心配するな。浮気なんかするはずねえだろう。ロッシュの爺さんが早まったことをしねえように、念を押して来たのさ。そっちの様子はだいたい把握してる。だが、警戒が厳重すぎて近づけねえんだ。今おれが捕まったんじゃ、何もかも水の泡だ。すまねえが、明日の本番までは一人で頑張ってくれ。必ず成功させるから、待っててくれよ。じゃあな」
「あ、待って」
オーネが掴もうとした糸はプツンと切れ、風に流されて消えて行った。




