1244 魔の婚礼(15)
ドーラに魔道屋シャドフを殺すように言われたジョレは、怖気を震って断ろうとした。
「じょ、冗談じゃない! なんでわたしがそんなことをやらなきゃいけないんだ!」
ジョレの反応は想定内であったらしく、ドーラは惚けたように笑った。
「理由かえ? 理由なら山ほどあるぞえ。おぬしの優柔不断で、こっちがどれだけの迷惑を蒙ったと思う? じゃが、それだけでおぬしに声を掛けた訳ではない。ちゃんと褒美も考えてある」
警戒しつつも、ジョレは少し身を乗り出した。
「褒美?」
その様子を見て、ドーラの笑みが深くなった。
「そうとも。わたしが只働きをさせるものか。おぬしはバロードで千人長ぐらいでいいと思っておるようじゃが、もっと夢を持つべきじゃ。おぬしの旧領を取り戻したくはないか?」
「え? それは、まあ……」
「旧ジョレ領は勿論じゃが、ポーマの死後はその領地もおぬしのものであったろう? つまり、現在ロッシュが管轄しておる地域じゃ。ロッシュがオーネに誑かされたことは、もうヤーマンの耳にも入っておろう。と、なれば、代わりの行政長官を置かねばならん。ところが、任せられる人物がおらん。そこで、わたしがおぬしを推挙しようと思っておる。引き受けてもらえんかのう?」
ジョレは見ている方が気の毒になるほど迷った。
「そ、それは、そうなれば一番だが、しかし、もうバロードと先約があるし、それに、魔道屋をどうやって斃せばいいのかわからんし、それから、それから……」
放って置けばいつまでも迷い続けると見て、ドーラが助け舟を出した。
「おぬしがバロードの一行に入り込めたのは、寧ろ好都合なのじゃ。事件が起きるとすれば、婚礼の直後じゃからな。何喰わぬ顔で参加しておれ。後の段取りは全てこちらで考える。おぬしはそれに従って動けばよい。シャドフの魔道は封じておくから、おぬしの剣の腕なら万に一つも討ち漏らすことはあるまい。バロードには、事後にわたしが話をつけてやる故、心配は要らぬ」
ジョレは山羊のような鬚を震わせ、ガクガクと頷いた。
「わ、わかった。引き受ける。いや、引き受けさせてくれ」
ドーラは芝居がかった仕種で喜んだ。
「おお、頼もしや。それでこそ、わたしが見込んだ男ぞえ。追って連絡するから、それまで英気を養うておれ。言うまでもないが、この話、くれぐれも内密にな。特にバロード側に知られぬよう、重々気をつけるのじゃぞ」
ジョレは立ち上がり、深々と一礼した。
「畏まった」
ドーラは思わず北叟笑みそうになるのを堪え、「頼みましたぞえ」と告げると、その場で宙返りして灰色のコウモリとなり、窓から飛び去った。
ジョレが眠れぬ夜を過ごした翌朝。
タロスから、至急本営の天幕へ来るようにと使いが来た。
「ま、まさか、昨夜のことがもうバレたんじゃないだろうな」
密かに心配しつつ本営へ行くと、タロス自ら笑顔で出迎えてくれた。
「さあ。中に入ってくれ。わたしは外で待っている」
少なくともバッサリ殺られることはないだろうと覚悟を決め、中に入ると「遅くなってごめんなさい」と声を掛けられた。
声がした方を見ると、簡易的な折り畳み式の椅子に、チョコンとウルスラが座っていた。
ジョレは反射的に片膝を着き、「女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しくあらせられると拝察いたしまする。さて」と述べたところで、ウルスラが笑って止めた。
「堅苦しい挨拶は明日まで遠慮するわ。ともかく、一行の主な人たちに、無事に合流したことを知らせたかったの。これから準備ができ次第皇后領に向けて出発し、今夜は向こうで泊まることになるわ。あなたも支度を始めてちょうだい」
「ははーっ!」
あたふたとジョレが退出した後、ウルスラの横の空気が朧に揺れ、カールが姿を現した。
「差し出口でございますが、ちと不審なところが見受けられます。宜しければ、身辺を探ってみましょうか?」
ウルスラは少し考えたが、首を振った。
「わたしもちょっと変だなと思ったけど、一々仲間を疑うのは良くないわ。それより、先に皇后領へ入ったスルージと連絡を取ってみて」
「御意のままに」
カールが消えるのと入れ違いに、秘書官のラミアンが入って来た。
「ああ、良かった。予定より遅れられているので、何かあったのかと心配しておりました」
ウルスラは笑顔で詫びた。
「ごめんなさいね。でも、遅れた理由は愉しかったからよ。わたしもだけど、ウルスもね。ああ、ちょっと替わるわ」
ウルスラの顔が上下し、瞳の色がラミアンと同じコバルトブルーになった。
「そうなんだ。ガイの里、霊癒族の隠れ里、そしてギルマン、興味深いことばっかりで、とても日にちが足りなかったよ。是非もう一度行きたいし、その時は、絶対ラミアンも一緒に連れて行くよ」
目を輝かせて話すウルスに、ラミアンも昂奮して「ぼくの方こそお願いします!」と叫んだ時、天幕の外から「すいやせん、ちょっくら急ぎの用なんで、失礼しやすぜ」と声がした。
ウルスが「スルージみたいだ。カールとすれ違ったのかな」と呟くうちに、スルージのモジャモジャした頭が入って来た。
その後ろから地味な顔のカールも入って来て、「すぐそこで出会いましたので、直接話してもらった方が良いと思いまして」と説明した。
スルージはその説明すらもどかしいようで、横から引っ手繰るように喋り始めた。
「王さま、女王さま、大変ですぜ!」




