1234 同行二人(15)
族長たちのうち、元カルス王の秘書官であったというクビラ族のガタロの話が続いている。
このまま北方に住むことはできなくなると聞いて、古老たちが言い伝える五百年前の白魔の乱を思い出した者も多かった。
しかし、今までのように北長城を越えて辺境へ進出するのではなく、スカンポ河を渡河すると聞いて皆騒然となった。
わたしたちにとってスカンポ河は死の河であり、そこを船で渡るなどということは、想像もできなかったのだ。
カーンさまもそれはわかっており、船に乗って渡るのは選ばれし者だけで、大部分は上流に架ける鉄の橋を使うという。
そのようなことが可能とは誰も信じなかったが、そこへ鉄の巨人を連れて、カーンさまの母だという魔女ドーラが現れたのだ。
胡散臭く思った者も多かったが、鉄のギガンの力は圧倒的であった。
おお、そうだよ。
あなた方の言葉で云う機械魔神だな。
鉄の橋は瞬く間に造られ、更に対岸の岩山に長い隧道も掘られた。
わたしたちも、これなら中原に行くことは夢ではないと信じた。
その後のことは、あなたも知ってのとおりだ。
わたしたちは中原の大国であるバロードの支配者となった。
その際、かなりの乱暴狼藉があったことは認めよう。
言い訳させてもらうなら、あまりに楽々と勝利を収めたために、皆有頂天になっていたのだ。
ああ、わたしもその一人だったと思う。
今では後悔しているし、もっと違う形であったなら、バロードから追放されることもなかっただろう。
ゴーク、少し静かにしろ!
失礼した。
ともかく、蛮族がバロードを支配していた当時、わたしは志願して秘書官となった。
クビラ族の仲間からは、散々な謂われ様だったよ。
だが、わたしはそうすべきだと信じていた。
クビラ族は、蛮族の最大部族だ。
それなのに、実権はシトラ族に握られている。
わたしはその状況を変えたかったのだ。
ここからは、ローラには聞き辛い話だろうが、言わせてくれ。
逸早くカーンさま、即ちカルス王に取り入ったシトラ族のレオンは、実際に政権を動かしているのがドーラだと知ると、急速にそちらに接近し、様々な陰謀に加担するようになった。
カルス王は、かつて謀叛を起こし、王妃を殺害したカルボン卿一派への報復が済むと、首謀者のカルボンがまだ捕まっていないのに、急にバロードの一般国民に対する態度が軟化した。
いや、そうではないな。
恐らく、それがカルス王の本来の姿だったのだろう。
念願の復讐を果たし、王位に返り咲いたことで、目が醒めたのだ。
カルス王は、国家の安定と民族の融和を目指すようになった。
が、ドーラとその兄ドーンはそれを許さなかった。
そうなのだ。
当時はまだ両性族の実態を知る者は、レオンぐらいだったと思う。
いずれにせよ、その辺りから、カルス王の孤立化が鮮明になって来た。
わたしは、正直、迷った。
個人的な好悪は別にしても、このままドーラたちの対外拡大戦略に付き合わされては、蛮族は使い捨てにされるだけだと思った。
何度かカルス王に進言しようと試みたが、その頃には王は疑心暗鬼になっており、蛮族の秘書官は遠ざけられ、バロード人のラクトスという男が頻繁に呼ばれていた。
これは想像だが、ラクトスにカルボンの謀叛の真相を調べさせていたのだろう。
わたしたちはその真実を知ることがないまま、バロードから出て行くことになった。
転戦の後、レオンを引き継いだレロンが狂ったメギラ族に殺され、第一次セガ戦役の最中にレオンも失脚し、求心力を失ったわたしたちは、若者集団に引き摺られるままにギルマンに攻め込んだ。
そのままであれば、バロードの時の二の舞だったろう。
それが、あの怪物のために多大な犠牲を出し、更にガルマニア帝国との攻防を通じて、わたしたちも変わらざるを得なかった。
それを可能にしたのは、やはりローラの力だ。
放って置けば内紛ばかり繰り返すだろう蛮族を、族長国連邦という形で纏めた功績は大きい。
しかも、到底不可能と思われたギルマンの先住民との共存も実現した。
さて、長々と話したが、わたしの言いたいことは、蛮族は変わったということだ。
バロードでのことは、互いの言い分があろう。
カルス王や、魔女ドーラの責任だと云う者もいるだろう。
しかし、報復の連鎖は、不幸しか生まぬ。
全てを水に流せとは言わぬ。
それは無理だし、消えぬ恨みは、甘んじて受け留めよう。
それでも猶、新しい関係は築けるはずだ。
ローラは、わたしたちの代表だ。
そのローラがあなたと手を携えるのなら、少なくともわたしとクビラ族に否やはない。
勿論、すぐに友好関係になれるものではない。
だが、幸いにも、両国には距離がある。
徐々に、徐々に、交流を深めて行けばいいのだ。
今日がその第一歩となるなら、わたしは喜んで協力しよう。
ガタロが静かに話し終えた時、最初に拍手したのはシンザであった。
拍手は他の族長たちにも広がり、ムッとして腕組みしているゴーク以外の全員が手を叩いた。
滂沱と涙を流していたローラが立ち上がり、「ありがとう、みんな」と礼を述べた後、振り向いてウルスラに手を差し出した。
「女王陛下に失礼かもしれませんけど、ゾイアが教えてくれた友情の表し方です。お願いします」
ウルスラも目を潤ませて立ち上がり、確りとローラの手を握った。
「こちらこそ、よろしく。あなたの弟さんにもね」
ローラが顔を上下させると、瞳の色が薄いブルーに変わり、皮肉な笑みを浮かべた。
「ぼくはまだ認めないよ。だが、まあ、今はガタロの顔を立ててやるけどね」
その時、大きな声がした。
「おれは、絶対に認めねえぞ!」




