1232 同行二人(13)
蛮族には珍しく礼儀正しい若者シンザの挨拶に戸惑いながらも、ウルスラは少し緊張が解れた顔になった。
「あなたの中原の言葉は、とてもお上手だわ。確か、シトラ族がそうだと聞いたけれど」
シンザは照れたように笑った。
「そのシトラ族の親友ローランドから習ったのです」
「え、それって、代表の……」
その場で考え込むウルスラに、アンヌが声を掛けた。
「お久しぶりでございます、女王陛下。立ち話も何ですから、中へどうぞ」
「あ、ごめんなさいね。アンヌさんとは、戴冠式の後の祝賀会でお話しして以来ね。お元気そうで何よりだわ」
その意味を汲み取ったアンヌは苦笑した。
「随分陽に焼けたでしょう? 色々難しい問題もあるんですけど、農作業に打ち込むと忘れられるので、つい夢中になってしまって。実は、農耕民のアテラ族と共同農園を始めたんですのよ。あらあら、わたしったら、立ち話をしてますね。さあ、参りましょう」
「ええ」
女性にしては背が高く、スラリとしたアンヌと、同じく痩せ型のシンザが並ぶと、姉弟のようにも見える。
髪はどちらも同系統の薄茶色であるが、瞳の色は、アンヌが中原東部に多い灰色、シンザは如何にも蛮族という感じの、黒に近い濃い茶色であった。
二人に続き、ウルスラとカールが切通の門を潜ると、カタカタと木材が噛み合うような音と共に、背後で門が独りでに閉まった。
と、ウルスラの顔が上下し、瞳の色がコバルトブルーに変わった。
「凄いね! どんな機械なの?」
振り返ったシンザが嬉しそうに答えた。
「わたしが作りました。後でゆっくり現物を見ていただき、ご説明いたしますよ、ウルス陛下」
「へえ、そうなんだ。あっ、もしかして、あなたが、ゾイアが言ってた連射式の投石器を作った人?」
「左様でございます。イダラ族は、元々動物を獲らえる罠を得意としておりますので」
「わあ、もっと詳しく聞きたいなあ」
さすがにカールが苦笑して促した。
「ささ、とにかく参りましょう。先方もお待ちですよ」
国境の長い切通を抜けると、そこは緑の国であった。
元々太古の時代に星の欠片が落ちてできたというギルマンは、外周を高い崖に囲まれ、その内側に堆積した土砂によって形成された盆地である。
そこが長い年月を経て、緑の草原が広がる地味豊かな別天地に変わった。
唯一の悩みは樹木が少ないことであったが、三千年前のルネ王の時代から始まった植樹によって、切通を塞ぐ門を造れる程度には繁茂しているのだ。
歩きながらも、ウルスは昂奮しっぱなしであった。
「わあ、凄い! 畑じゃないところまで、土がフカフカしてる! 栄養もたっぷりみたい! 農民にとっては楽園だよ!」
アンヌが喜びのあまり「でしょう?」と言ってから、慌てて「そうでございましょう、陛下?」と言い直した。
「これでも、蛮族侵攻直後は、随分土地が荒れて、あ、ごめんなさい」
謝ったのはシンザに対してであったが、ウルスの方が、「あ、普通に喋っていいよ」と応えた。
「ぼくも姉さんも堅苦しいのは好きじゃないんだ。一々陛下なんか付けなくていいよ。ぼくを呼ぶときは、ウルス、だけにしてよ。だって、アンヌさんだって女王みたいなものでしょう?」
アンヌは苦笑した。
「わたしは王の娘というにすぎませんわ。今は、まあ、自治共和国の代表ですけれど。では、せめてウルスさまと呼ばせてください」
「まあ、それでもいいけど、もう少し仲良くなったら、本当にウルスだけでいいからね。それより、一度荒れた土地をここまでにするのは、大変だったんじゃない?」
シンザが申し訳なさそうに、「本当にすみませんでした」と頭を下げた。
アンヌは「いいのよ。シンザさんの責任じゃないわ」と言ったものの、当時を思い出したのか、溜め息を吐いた。
「正直、あの時は恨んだわ。絶対に蛮族を赦さないと思ってた。でも、ガルマニア帝国が攻めて来た時、生命懸けでここを護ってくれた。それでも、すぐには気持ちを切り替えられなかったわ。それを変えてくれたのが、ゲルヌとゲルニア、そして、やっぱりローラよ」
自分の思いに沈みそうになったアンヌの顔が、パッと輝いた。
「ローラ!」
向こうから飛んで来ているのは、アンヌより随分と小柄な少女であった。
ウルスの顔が上下し、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに戻った。
ローラはそのウルスラの前に降り立ち、深々と頭を下げた。
「態々お越しいただき、本当にありがとうございます。また、わたしの我儘をお聞き入れくださり、重ねて御礼申し上げます」
そのままの姿勢で、ローラは苦しそうに息を吐き、今にも泣き出しそうな声で謝罪した。
「わたしの大叔父や父がお国の人々に多大な苦痛と犠牲を強いたことを、心よりお詫び申し上げます」
俯いたままのローラの目から、涙が地面に零れ落ちた。
自分も貰い泣きしそうになりながらも、ウルスラはグッと堪え、意外な言葉を発した。
「あなたのお気持ちはよくわかったわ。でも、弟のローランドさんの意見はどうなの?」
ローラがスッと顔を上げた時には、瞳の色が薄いブルーに変わっていた。
ローランドは乱暴に腕で涙を拭うと、皮肉な口調で答えた。
「蛮族がバロードを支配したのは、あんたの父親がそうしろと命令したからだ。ぼくたちこそ犠牲者だよ」




