1229 同行二人(10)
ウルスからウルスラへの交替を目撃して声を上げたのは、勿論ジョレ将軍である。
ジョレは、先日のエイサを巡る攻防の最中、またしても憑依されたり暗示を掛けられたりして、裏切りを繰り返した。
結局、カールらの手で拘束され、この隠れ里へ連れて来られたのであった。
魔香による暗示はすぐに解けたものの、本人の性格までは変えられないため将軍職への復帰は考えられず、心身の状態が落ち着き次第、追放処分との通達を受けている。
本来なら斬首されてもおかしくない行状の数々であったから、これは温情とみるべきであろう。
尤も、本人は少しも納得していなかった。
ゲルヌからの通達を齎したカールに、次のように文句を言ったのである。
「偶々取り憑かれたりしたけど、わたしの将軍としての力量には問題ないはずじゃないか。と、いうか、勿体ないとは思わないのか? わたしは、あの剣豪将軍ザネンコフの片腕を斬り、無敵のマオロン軍三千名を一人で倒した男だぞ。まあ、追放と決まったのなら仕方ないが、殿下はきっと後悔なさるぞ」
憑依か暗示の後遺症なのだろう、多少自信過剰になっているようだ。
カールは呆れたのか何も言わず、そのまま帰って行った。
その後、かつて皇帝であったゲルカッツェを施療院内で見かけ、接近しようとしたが、既に一般人になる決意を固めていると断られてしまった。
ガルマニアに戻れるあてもなく、今後どうすべきか悩んでいる時に、ウルス/ウルスラを目にしたのである。
ジョレは自分の山羊のような髭を捻りながら考えた。
「そうか。バロードに仕官するという手があるな。うーん、いいかもしれん。いや、きっといいはずだ。何しろ復興中で人手不足と聞いている。わたしのような有能な人材なら、喉から手が出るほど欲しいと言われるだろう」
ニヤリと北叟笑んだ。
ここへ来た当初こそ見張り役がついていたが、今は謂わば野放しの状態になっているのだ。
ジョレは、エマとウルスラの後を尾けて行った。
その頃、ウルスラは大広間で施設の職員たち五人の前に立ち、自分の経験を話しているところだった。
あれは、辺境へ行って白魔と戦った時のことだったわ。
ああ、ドゥルブの名前を怖れなくても大丈夫よ。
今は中和されて活動を停止しているし、抑々その名前を付けたのは、わたしのご先祖のマルス王のお抱え魔道師だったサンジェルマヌス伯爵だったそうなの。
ええ、そう、あのサンジェルマヌスさまよ。
いい方だったのに……。
あ、ごめんなさい、話を戻すわね。
辺境で戦っている際、わたしを庇って老師ケロニウスさまが大怪我をされたの……。
本当にごめんなさい。
ケロニウスさまも亡くなられたんだと思い出してしまって。
ふうっ。
もう大丈夫よ。
それで辺境で怪我をされたケロニウスさまの治療を、ゾイアと協力してやったの。
ゾイアは傷口を切り開いて金属の小さな塊を取り出し、その痕を縫ったわ。
そうね。
それはそれで凄いことね。
でも、当然、激しい痛みがあるわ。
それでゾイアに言われたの。
自分が癒しを受けた時のことを思い出しながら、そっと波動を出してみるように、って。
但し、ちゃんとヒーリングになっているか、確かめないといけないの。
そこで、ヒーリングを受けたことのあるマリシ将軍に実験台になってもらった。
気をつけないと、逆に怪我をさせてしまうから、うんと力を抜いて、徐々に強くして行った。
多少の失敗はあったけど、一度コツを掴んだら、もう波動と間違える心配はないわ。
後はもう練習を積み重ねるだけ。
そうそう、マリシ将軍といえば、無くなった片腕が痛むと言われて、見えない腕にヒーリングしたけど、良く効くみたいよ。
ウルスラの話がそこまで進んだ時、大広間の入り口から「ならば、わしが実験台となろう」という声がした。
ウルスラが声のした方を見ると、片腕の男が入って来た。
尤も、マリシより随分痩せており、失った腕も逆であった。
残っている方の腕を含め、全身至るところに矢傷がある。
「突然声をかけてすまぬ。わしは神聖ガルマニア帝国のザネンコフという者だ。斬られてしまった方の腕が疼くため、困っておった。誰かに相談しようと歩き廻っていたのだ。今の話、実に都合がいい。間違って波動を打たれても、無い腕は傷つかぬ」
最初は唖然としていたウルスラも、「まあ、ありがとう!」と感激した。
「そうしていただければ、助かるわ。でも、いいのかしら、エマさま?」
職員の付き添いで残っていたエマは、笑顔で頷いた。
「幻肢痛なら、少なくとも悪くなる心配はないから。でも、職員は五人いるから、あまりザネンコフさんの負担にならないようにしてね」
すると、ザネンコフの後ろからまた別の声がした。
「だ、だったら、わたしも、使ってくれ」
髭を震わせて叫んだのは、無論、ジョレであった。
後ろを振り返ったザネンコフは、自分の腕を斬った男の顔をマジマジと見た。
「わしの話を聞いていなかったのか? 今更恨み言をいうつもりはないが、おぬしに斬られたこの腕なら大丈夫だが、無傷の腕にもしものことがあったら、どうするつもりだ?」
「か、構わん。その危険を冒す代わりに、わたしをバロードで雇ってくれ!」




