1225 同行二人(6)
かつてカルス王が蛮族の帝王カーンとしてバロードを取り戻した際、その側近として暗躍した摂政レオンがレナの祖父であった。
カルス王の暗殺を示唆したと疑われてレオンが失脚した後、魔女ドーラが後継者に指名したのがその甥のレロンであり、現在蛮族を統括しているローラはレロンの娘である。
従って、レナとローラは再従姉妹の関係ということになる。
ローラに会うことに気が重いウルスラは、不意打ちのようにレナにその名前を出され、咄嗟に返す言葉を失った。
が、レナは悪気ではなかったことを示すような笑顔で、「後でゆっくり、わたしが知っている限りのことは教えるわ。それじゃ」と告げ、夫のゲルカッツェと娘のレイチェルと共に去って行った。
急に気持ちが萎えたように呆然としているウルスラに、エマが声を掛けた。
「さあ、面会室へ行きましょう。特別な薬草茶を御馳走するわ」
別室で待機するというカールを残し、エマとウルスラは玄関ホールの奥へ進んだ。
面会室は大きな広間で、衝立で囲われた四人掛けのテーブルが幾つか並んでいた。
エマはその一つを示しながら、近くを通りかかった職員らしい若い女に、「ここへ持って来てちょうだい」と頼んだ。
予め用意されていたらしく、二人が座ると、殆ど間をおかずにハーブティーが供された。
「まあ、いい香り」
ウルスラが思わず声を上げたように、柑橘系のような爽やかな芳香が漂って来る。
エマはカップを手に取り、ウルスラにも勧めた。
「気分を安定させ、上向かせる効果があるのよ。飲んでみて」
一口飲んだウルスラは、「まあ、美味しい」と喜んだ。
ウルスラが落ち着いたと見て、エマはゆっくりした口調で話し始めた。
何から話すべきかしら。
そうね。
やっぱり、わたしたち霊癒族と、この隠れ里のことから説明するわ。
二千年前のダフィニア島海没によって中原に渡ったわたしたちの祖先は、混血によって癒しの力が弱まることを懼れ、同族だけで固まって住むことにしたの。
でも、他の種族と違って戦う力を持たない祖先は、ダフィニア島脱出の際、禁制を冒し、ある道具を持ち出したそうよ。
それがどういうものかわたしも知らないのだけれど、この施療院の地下深くに埋まっていると聞いているわ。
ああ、そうそう。
ゾイア少年が、こんなことを言っていたわ。
緊急避難用の人工生態系だろう、って。
それがどういう意味か聞いたら、言った本人がもう覚えていなかったけど。
ええ、そうよ。
少年の姿になって以来、時々この世界に来る前の記憶が甦るらしいの。
でも、ゾイアの話は後でね。
ともかく、この隠れ里のお蔭で、弱いわたしたちが二千年の争乱を生き抜くことができたのよ。
その代わり、中原到達当初二千名以上いたわたしたちの種族は、今では僅か十人にまで減ってしまった。
しかも、残っている十名は近親者の老人ばかりで、絶滅は時間の問題だわ。
そうね。
ニノフとピリカの兄妹を除いて、ということよ。
わたしは一族の掟に拘り、娘リリルを追放処分にしてしまったけれど、そのお蔭で二人の孫を持つことができた。
しかも、孫たちは、サナト族ではないあなたにヒーリングを教えたのね。
いいえ、怒ってるんじゃないのよ。
自分がなんて頑迷な馬鹿だったんだろうと、今では反省しているの。
ゾイアにも言われたわ。
サナト族だけで手が足りないなら、みんなにヒーリングを教えればいいじゃないかって。
悩んだ末に義母に相談したら、笑われたわ。
もう答えは出ているのに、何故聞くのかと。
それは、掟を変える責任を転嫁しようとしているだけだと。
そう言われて、わたしも目が醒めたわ。
最優先すべきなのは、病人や怪我人の治療であって、一族の掟や面目じゃないと気づいたの。
今回、あなたがここへ来てくれたのは、そういう天の配剤のような気がしてならないわ。
どうか、どうやってヒーリングを覚えたのか、ここの職員たちに指導してもらえないかしら。
勿論、今日一日では無理でしょうけど、最初の第一歩が踏み出せれば、将来に希望が持てるようになるわ。
お願いしてもいい?
一瞬戸惑ったウルスラも、大きく息を吸って答えた。
「ええ、やってみます。でも、その前に、遠くからでもいいのでゾイアの様子を見せてください」
今度はエマが悩む番だった。
しかし、長くは考えず、笑って応えた。
「自分に都合のいいことばかり天の配剤と考えるのは、愚かなことね。あなたがここへ来たことが必然なら、ゾイアに会うこともそうでしょう。でも、あなたはゾイアにとって最重要人物なのだから、くれぐれも慎重にお願いするわ」
「わかりました。最初は離れた位置から覗くだけにし、大丈夫そうなら少しだけ接近してみます。決して無理に対面するようなことはしません。え? ああ、ごめんなさい」
最後の言葉はエマにではなく、ウルスに向けてのものだったらしく、顔を上下させると瞳の色がコバルトブルーに変わった。
「お久しぶりです、エマさま。少し質問してもいいですか?」




