1224 同行二人(5)
霊癒族の隠れ里の領域内に入ったウルスラは、周辺の礫砂漠との違いに驚いた。
砂漠緑地などという規模ではなく、緑の草原が眼下に広がっている。
「ああ、そうね。磯の香りこそしないけれど、沿海諸国に似た気候ね」
先行するカールとは少し距離があるから、話している相手は内部の弟ウルスであろう。
「え? 湿度を保つ方法? それはあなたが直接エマさまに聞いてよ。着陸したら替わってあげるから」
因みに、ウルスにできる魔道は冷気を出すことだけで、ゾイアの身体を借りていた時は別にして、未だに自力では飛行できない。
と、前を飛ぶカールがグッと高度を下げたので、ウルスラは会話を打ち切り、それに合わせて降下した。
その先の草原の真ん中に、小さな森に囲まれた大きな建物が見えて来た。
「まあ、綺麗!」
基本構造は木造のようだが、大きな屋根には明かり採りの天窓があり、無数の薄い色硝子が嵌め込まれている。
その硝子がキラキラと宝石のように輝いているのだ。
「サナト族の施療院でございます」
いつの間にか傍に来ていたカールが教えてくれた。
真上から見ると、建物全体は四角い穴の開いた正方形のような形で、中央の中庭には人工的な小川が流れている。
「直接入っちゃっていいの?」
まだゾイアとは対面しない方がいいとのエマの指示を考えての質問であったが、カールはややお道化て答えた。
「入るとしても、正面玄関からです。基本的に病人や怪我人以外は、入口近くの面会室までしか入れません」
ウルスラも笑って「そうでしょうね」と頷き、カールと共に玄関に回った。
玄関には既にエマが出迎えていたが、その横に並んでいる者たちを見て、ウルスラは「まあ!」と驚きの声を上げた。
妊婦と、同じくらい腹部が膨らんだ男と、その二人の間に挟まれるように浮いている幼児である。
「レイチェル!」
ウルスラが叫ぶのと同時に幼児は飛び上がり、ニコニコ笑いながらウルスラに抱きついた。
「ウルチュラ」
「まあ、喋れるようになったのね。逢いたかったわ、レイチェル」
それはウルスラの異母妹レイチェルであった。
幼児ながらその理気力は凄まじく、単純な魔道の力なら、魔女ドーラすら凌ぐ。
実の母であるレナにさえ笑顔を見せぬレイチェルが、唯一心を許す相手が、他ならぬウルスラであった。
再会の喜びにわれを忘れているウルスラに、カールが「さあ、みなさまお待ちかねですよ」と促した。
「ああ、ごめんなさい。レイチェル、後でね」
レイチェルは一瞬悲しそうな顔になったが、この年齢にしては聞き分けが良く、スーッと両親の許に戻った。
玄関で待つ大人三人の前に降り立ったウルスラは、まずはこの隠れ里の責任者であるエマに挨拶した。
「エマさま、突然の来訪をお許しいただき、ありがとうございます。決してご迷惑をお掛けいたしませんので、よろしくお願いいたします。おお、それに、わが国の重鎮であるゾイア参謀総長の治療をしていただき、本当に感謝いたしておりますのよ」
エマはキリリとした美貌に微笑みを浮かべて答えた。
「ゾイア少年の件は、義母に任せっきりよ。それに、いずれにしろ、治療らしいことは何もしてないわ。ああ、それから、あなたが来ることは、カールが知らせて来るより先に、レイチェルがあなたの名前を連呼しているとレナさんに教えてもらったから、考える時間がたっぷりあったのよ」
ウルスラは自然にレナの方を向いた。
父の愛人であったレナを義母と呼ぶこともできず、それでもなるべく蟠りを感じさせない平静な声を作って「レナさん、お久しぶりですね」と告げると、レナは寧ろサバサバした態度で応えた。
「ご無沙汰しております、女王陛下。いえ、皮肉じゃありませんのよ。戴冠式にはレウス/レイチェルしか出席できませんでしたけど、夫ゲルカッツェ共々心から祝福していますわ」
「ありがとうございます。いずれ、国民感情が落ち着いたら、帰国の段取りを」
その言葉を遮るように、ゲルカッツェが割り込んだ。
「あ、それはもう、いいんだ。ぼくたち、ここの暮らしが気に入ったし、外の世界で陰謀に巻き込まれるのは、もうコリゴリなんだよ。愛する妻や子供を護るには、ああ、勿論ぼくの身の安全のためにも、ここに居るのが一番だと思う」
為政者としての責務について一言いいたそうであったウルスラは、結局そのことには触れず、「わかりました。末永くお幸せに」とだけ告げた。
気まずい雰囲気になる前に、気を利かせたエマが話を引き取った。
「さあ、玄関での挨拶はこれくらいにしましょう。それじゃ、面会室に移動して、施設内外の簡単な説明をするわね。レナさんの家族とは、後でゆっくりお話ししてちょうだい。それから、予め断っておくけど、ここでは王も女王も関係なく、みんな平等に扱う決まりなの。だから、わたしはあなたをウルスラと呼ぶけどいい?」
ウルスラは、ホッとしたような笑顔になった。
「勿論ですわ。本当は、わたしの国でもそうしたいくらい。でも、クジュケが示しがつかないとうるさくて。あ、だから、レナさんも、ここではウルスラと呼んでね」
レナは少し躊躇ったが、思い切ったように応えた。
「わかったわ、ウルスラ。じゃあ、後でわたしたちの部屋に遊びに来てちょうだい。レイチェルが待ってるわ」
「ええ、必ず」
そのまま帰ろうとしたレナは、ふと何かを思い出したように振り返った。
「小耳に挟んだ話だけど、わたしの再従妹のローラに会いに行くそうね?」




